|
<本文から>
旅は、この"一期一会"が純粋におこなわれる場だ。家庭や職場にいると、どうしてもその場所なりの一種のルールやマニュアルがあって、なかなか思うように自己を解放できない。五十歳過ぎてからの人生目標は、もちろん職場における地位向上や、やりたい仕事の実現などもあるだろう。が、それらのことを成し遂げるうえにおいても、
「他人から"この人なら"と思われるような"自分らしさ"」
を生んでいくことが大事だ。このことを、中国では、
「風度」
といったという。風度が高い人は、
「この人のいうことなら、すべて従っても間違いはない」
「この人のやることなら、なにもいわなくても後ろ姿で学んでしまう」
というような気風がわいてくる。だから、風度というのは一種のオーラ(気)なのだが、しかし、その構成は複雑で、単なる雰囲気というものではない。このオーラを出すためには、やはり人望・風格・魅力・カリスマ性・親愛感などが混合されてなければならない。
わたしがそういう状況の中で、あえて、
「五十歳になったら、旅をしよう」
というのは、
「人間も自然の一部である」
ということを、まず謙虚に感じようということである。いわば、自然との一期一会の出会いを大切にすれば、いまの日常生活の中でもいろいろと振り返ってもいいようなことを発見できる。これは決して退化ではない。むしろ、
「自己向上という進歩」
である。地方には、学べるような、
「歴史と文化」
がゴロゴロころがっている。そういうものに接することによって、
「自分なりの歴史のみかた」
が可能になる。この自分なりの歴史のみかたが次々と相関関係を起こして、ひとつの地域で発見した人物や文化のありように自分なりの結論を出せば、ほかの地域にいったとき にそれがまた輪のひとつになる。つまり、
「旅における相乗効果」
が期待できるのだ。 |
|