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<本文から> 彼女は、一心に、小次郎を想っている。小次郎は、かの女が告げた恐しさより、べつなものに襲われた。すぐ取って喰べてしまいたいような衝動に駆られ、アイヌ族の特有な梨の花みたいな肌をすぐ頭にえがいた。
「…ね。ですから、ここは出ても、遠くへ行くのは、およしなさい。武蔵野は通ってはいけませんよ」
蝦夷萩は、それだけ告げると、暗い床むしろを、後退りに、出て行きかけた。
−と、小次郎の鼻に、彼女が日ごろ髪につけている猪油のにおいが、ぷうんと触れてきた。彼の影は、それを嗅ぐと、動物的に、跳びついて、香うものの焦点へ、ごしごし顔をこすりつけた。蝦夷萩は、鼻睦からひくい坤きに似た息を発し、身を仰向けに転ばして、嬉々と、十四の少年が、なすがままにまかせていた。
まだ、人間たちの間には、人間の自覚すら、殆ど、稀薄な時代であったから、わずかに、夫婦の制度とか、妻の認知とかいう−本能と愛憎と専有慾を基とした、ごく単純な社会約束はあっても、男女生活の、多岐多角なすがたには、なんの思考も持たれてはいなかった。恋愛はしても、恋愛の自覚はないのだ。原始的なしきたりのまま、肉の意志のまま、振る舞うことが、人間として出来る何でもない行為の一つというに過ぎない。
都人の風習は、上下一般に、早婚だった。男は十二、三歳から五、六歳迄に、女は九歳から十二、三歳といえばもう嫁いだ。放っておいても、小さい彼氏や彼女たちは、童戯のように、肉体の交わりも、卒業してしまうからである。それは、大人のまねでもあった。男女の大人たちは、その事をそう秘密に、不自由に、個々として、行ってはいない。いくらでも、童女童子たちは、それを見ることができる。見ればまねするし、まねすれば、喜悦であるし、習性づいてくれば、肉体も性情も、自然の状態に従ってくる。
宮廷の人々から、一般の都人さえそうだから、この坂東地方などは、原始人時代の男女間から、まだいくらも自覚の男女に近づいてはいない。略奪結婚も、折々あるし、恋愛争奪戦争に、家人奴僕を武装させ、鉄を射つくし、矛に血を飛沫かす場合も稀ではない。
宮廷の歌壇のように、夜もすがらの神前で、かがりも焚かず、他の人妻と他の人未が、閣の香を、まさぐり合う祭りに似た風習など、この豊田郡、相馬郡の辺りにも、広く行われていた。
蝦夷萩は、十六だったから、奴隷仲間で、ただ措かれているはずはないし、二ツ下の小次郎とて、決して、彼女との馬糧倉が、初めてだったわけではない。 |
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