吉川英治著書
ここに付箋ここに付箋・・・
     新・水滸伝3

■統領に晃蓋、二位に宋江

<本文から>
  「とんでもない」
 宋江はかたく辞退した。
 「わたくしは、諸兄のために、からくも一命を助けられ、ただ恩に浴して、そのうえ徒食しているに過ぎぬ者、どうかあるじの座には、晁蓋大人をすえて下さい。わたくし如きは、到底その任ではない」
 とばかり、何と一同が推しても、ききいれる色はなかった。
 「では」
 と統領の座には、結局、晃蓋が坐った。 そして二位に宋江、に位に軍師新郎、四位公孫勝と、すらすら衆議がすすんだので、宋江もついそこまでは否みかねて、受けてしまった。
 そもそも、宋江はこんなつもりではない。
 彼は漢を愛し、世を憂い、撼珂不遇な人間たちに、ふかく同情はしていたが、かりそめにも賊の仲間入りしようなどとは、ゆめにも思っていなかった。 − 官に仕えては、善吏といわれ、家にいては、よく老父に孝養し、書を読み、身をおさめ、かつ四隣の友や県民たちに、愛情とまことを尽くして、おだやかな生涯を愉しまん、としていたのが、彼の人生目的であったのだが人生如何に生くべきやも、それしかなかった人である。
 ところが、こんな破目になった。いまは朝廷から不逞なむほん人と視られ、天地に身をいれるところはない。生きんとすれば、ただこの梁山泊の仲間、つちと、一土塊の小天地があるのみだった。
 「では、以下の座順は、晁統領からご指名ください」
 呉用のことばに、晁蓋は、
 「おまかせねがえれば」
 と、人物、年の高下なども、配慮して、名を呼びあげた。
−まず五座に、豹子頭林沖と。
それから順次。
劉唐、院小二、院小五、院小七、杜選、宋万、朱貫、自勝。
−以上を左の席として。
そして右側の列順には。
花栄、秦明、黄信、戴宗、李達。
また、李俊、穆弘、張横、張順、呂方、郭盛、粛譲、王矮虎、薛永、金大堅、穆春、李立、欧鵬、蒋敬、童威、童猛、馬麟、石勇、侯健、鄭天寿、陶宗旺−すべてで寨のかれ約紛咄これで四十人がかぞえられた。
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■柴進を救うために立ち上がる

<本文から>
 果たせるかな、柴進は以後、獄中につながれ、故人皇城の邸館とその名園は、そっくり門の相を変え、″官没″の名のもとに、今では奉行高廉の別荘になっているという。
 のみならず、高廉の妻は、いわゆる外面如菩薩の美夜叉ときている。そこで弟の恨みを良人ヘケシかけ、白洲の拷問、獄中の責め、やがては柴進に″直閣殺シ″の罪名を着せて、いやおうなく、死にいたらしめるのではないか。 ともあれ柴進の一命は今や風前のともし灯にある − という戴宗のつぶさな話は、いよいよ、聞く者をして、
 「うぬ」
 と、高唐州の空を睨まえさせずにはいなかった。
 「この梁山泊にとって、柴進さまは大恩人だ。その人の受難や柴家の抹殺されるのを、よそに見てはいられまい。まして事の起りは、山寨の一人、李逵から出たこと」
 期せずして、この声は一致した。そして軍師呉用の実の下に、七千の泊兵は、二十二人の領抽が将として編制され、ここに柴進救出の軍をくり出すことになった。
 七千の泊兵は、寨員の大半である。なぜにこんな山軍をうごかすかというに、相手の高廉はただの奉行ではない。一面軍権をにぎっている司令であるのみならず、その配下には、山東、河北、江西、湖南、両准、南新、各省の軍管区から選抜された「飛天神兵」と呼ばれる精鋭隊があると−これまた戴宗の探りによって分っていたからだった。
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