吉川英治著書
ここに付箋ここに付箋・・・
     新・水滸伝2

■晃蓋が頭目に

<本文から>
 林沖の提言とは、こうであった。
 「人には天性おのずから器というものが備わっている。林沖は器にあらず。晃蓋どのこそ人の上に立つべきお人だ。晃君を以て今日より山寮の首長に仰ぎたいと思います。ご一同にも、ぜひご賛成ねがいたい」
 「いけません、いけません」
 晃蓋は手を撮って固辞した。 そんな弼ではないと、再三再四断ッたが、すでに満堂一せいの拍手だったから、林沖はすばやく、
 「では、諸兄にもご異存はありませんな。晃頭目、衆議の決ですぞ」
  とばかり、彼の手を取って、正座の一番椅子に据え、その前に香炉台を置き、王倫の兜巾を外して、見蓋の頂に冠せた。
「いざ呉用先生。先生は軍師として、第二席にお着きください」
 「とんでもない。わしは根ッからの寺小屋師匠、孫呉の智識など思いもつかん」
「ご遠慮は無頂いく先生がそう仰っしゃると、あとが困ります。 第三は、道士孫勝どの、先生の帷幕を助くる副将として、ご着位のほどを」
 「それやいかん。林沖どの、あなたこそ、その位置に」
  これは一同で薦めたのだが、林沖はなお譲ッて四番日の座を取った。
  五位には劉唐、六位に院小二、七位に小五、八位に小七。− それから杜選は九位にすわり、宋万は十位、失費が十一位と順位はきまって、ここに新選梁山泊の主脳改組もできあがった。
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■梁山泊の新布陣

<本文から>
 五百余人が、それへ乗りわかれるまでの雑開といったらない。女づれ、馬、車、牛、行李、まるで難民の集団移住だ。−しかしひとたび岸を離れるや、先駆の一船が、金沙灘の白波を切って、整々とさきを進み、ほどなく上がった岸から松林の道にかけては、楽隊、爆竹、そして聚議庁(本丸)までの峰道も、すべて五彩の旗波だった。
「やあ、ようこそ」
 岳城の大広間には、人々が出迎えていた。
 すなわち、左側の椅子には。
 晃蓋、呉用、公孫勝、林沖、劉唐、院小二、院小五、院小七、杜選、宋万、朱青、自勝。
 なかでもこの白日鼠の自勝は、つい数日前に、済州の牢屋からぬけ出して、ここにつらなっていたのである。それも呉用学人のはかりごとであったとか。
 次に、右側を見れば。
 花栄、秦明、黄信、燕順、瑳虎、白面郎、呂方、郭盛、右勇、と今日の新顔がすえおかれた。そして、両列の間には、大香炉に薫々と惜しみなく香が焚かれ、正面に神明を祭り、男と男との義の誓いがここに交わされる。
 式終って。
 衆議庁から山じゅうは、楽の音になった。
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