|
<本文から>
鎌倉殿は、わが甥だが、御辺もまた、行家の甥である。天下一変のこのさい、平家にばかり心を軒られて、万が一にも、後門の狼に、あえなき不覚をとり給わぬよう、一そうの御自重が望ましい)
という進言など、いかにも、行家らしい才気がゆき届いている。
「……ありそうなことだ」
義仲は、惜然と、南の空を見た。
つねに忘れがちだったが、そこには、鎌倉の頼朝という者が厳存していた。まだ、会ったこともないが、平家をたおすという目的において、よい盟国だと思っている。
しかし、その頼朝が、真に自分とひとつになれる味方か否か、それは今日まで、義仲自身も、自分に乱してみたこともなければ、疑ってみたこともない。
「−依田へ帰って、まず、碓氷口に、備えおけ。南へ、討って下りるか、ふたたび北へ攻め上るか、思案は、しばちく雲行きを見てのこと」
義仲は、こう自分へいって、また、そのことばを、今井兼平から、据花川の全軍に布令させた。 |
|