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<本文から> 一幹の喬木が、時ならぬ暴風雨に揺れ軒まれるとき、断割は叫び、葉は飛散し、こずえは折られたりするが、傷むものは、枝葉ではなく、木の生命をもち耐えている幹その物である。このばあいの清盛が、それに似ていた。
かれは、ひとごとを裁いていたのではない。かれはかれ自身を裁いている。
成親、成経父子ばかりでなく、こんどの鹿ヶ谷連座の面々を、表にしてみると、近いと遠いの差こそあれ、一族のたれかと、縁故のつながっていない者は、ほとんど少ない。
いわば、平家覆滅の陰謀は、平家の外のものではなく、平家内部のできごとと、かれは考えているのである。木も、余りに樹齢がたつと、虫が蝕う。虫が蝕った根や枝は、これを切って除くもまた仕方がないとおもう。
「はて。宰相がまた、例の世間知らずで、事もなげにいい越すわよ」
清盛は、やがて、もの憂げに、季貞へ向かって、返辞をさせた。
「−思うてもみよ、もし、成親などの陰謀が、ふと、その望みをとげたばあいは、門脇の宰相とて、今日、そんなのんきなことをいってはおられなかったろう。ひまつぶしは、すなといえ」
控えに、じっと待っていた敦盛は、季貞から、そのすげない答えを開くと、
「ぜひもございません」
と、思い断った容子で、兄の居室の方へ向かって、はるかに、両手をつかえた。
「−思えば、敦盛こそは、幼少から、ただ兄君の鮮尉に付し、能もないのに、参議の栄職など、けがして来ました。せめて、大事の秋には、老いこそすれ、子どもらの通盛、教経なんどとともに、一方の防ぎにも立ち参らせんと、そればかりを愚者の一念としておりました。しかし、少将が身の預りも、み許しなきは、必定、敦盛も頼みにならぬ者と、はや、おん見捨てかと思われまする。……このうえは、何を望みに、武門の端につらなりましょうや。高野か、粉河の奥にでも寵って、出家を遂げ候わん。とかく、お詫びのことばもございませぬ」
季貞は、奥へ急いで、またその通りを、早口に、清盛へ告げた。
「な、なに、敦盛が、思い断った態で、出家を遂げると。…ば、ばかな」
あわてたのは、清盛である。
われを忘れて、起ちかけたが、さすがに、座を保って、季貞へ、こう再度の命を伝えさせた。
「早く戻って、つまらぬ真似はするなと、宰相にいえ。そしてだ……。そして、少将が身は、ともかく預け置こうと、申してやれ。……ともかくだぞ、よろしいか」
洛中にわたる非常警戒と、逮捕騒ぎは、まもなく終熄した。
成親、成経父子を初め、近江中将蓮浄、山城守基兼、平判官康頼、法勝寺の僧都俊寛など − 鹿ヶ谷に連座した者は、ひとりとして、検挙の手から余されてはいない。
あとは、なお、法住寺殿の院中に、成親や西光法師の一類と見られる少数な下官が残されているだけである。
そして。
西光だけは、先に、宋雀の辻で、首を斬られ、もう処刑ずみだが、残余の公卿囚人たちの刑はどうするか。 − それがまだ懸案だった。 |
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