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<本文から> しおらしさを示すとき、世の女は、勝手に、自分だけの頼朝という男性をえがいて、われからかれの贅になるのを望んでしまうにちがいない。
それはこの人がまだ十四という少年時代のことを思い合わせてみてもわかる。
もうそのころからしてすでに身に備わっていたものだろう。当時、池ノ禅尼や重盛が、頼朝のために、命乞いをしたというのも、今でさえ、こうなのだから、まして当年の可憐な姿を想像すれば、まことに無理もないことだったろうとうなずけてくる。 − 現にいま、文覚の如き者ですら、こう対坐しているうちには、なんとなく、この人へは、寸毫の反感もさげすみも起きないのみか、かえって妙なあわれみと、それに伴う親しみを生じ、ふと、その源家の嫡流というものへ、自分を賭けてもよいような魅惑にさえかかってくる。
そのくせ、頼朝自体は、おくびにも、胸中の秘を、他人へのぞかせはしなかった。
与えられている運命の中に甘んじきっている姿である。六波羅を恨むでもなし、世情の憐れを願うでもなく、ましてや天下の隙をうかがおうとするような眉色は見えない。
−いくら時を移していても、世間ばなしに誘いをかけても、松は桧風の声しか立てないように、始終、頼朝の態度は同じだった。文覚はひそかに「これは、ものになる」と思った。
−なぜならば、文覚は、まったくべつな方面から、頼朝が決して現状に甘んじているような人物でない実証を、いくつも聞いていたからである。その表裏を洞察し、人物の厚さを測り「これは、義朝には欠けていたものを父子二代分ほども、ゆたかに持って生まれた男ぞ」と、観たのであった。 |
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