|
<本文から> 「やめよう。やめてくれ。そのはなしは、けさからもうさんざんやりつくした。木工助も呼びつけて、胸いたむまで、やり合った問題だ。果てしがない。よしてくれい」
「では、証をたててください。わたくしの、身の証を」
「だから、さきほども、いったではないか。−平太清盛は、まちがいなく、わしとそなたの、子どもだと」
「平太!開きましたか」と、かの女は、するどく見て−「聞きましたか。そこを、郎党の木工助も」
「そなたたちは、めっそうもない陰口をいいふらす人びとではある。白河の上皇さまに御寵愛をうけたことは、かくれもないにせよ、八坂の僧を忍び男としていたなどと、もう二十年もむかしの古事を、いったい、たれがいいだしたのでしょう。−忠盛どのも、知らぬといい、じじの木工助も、知らぬといい張る。……平太や、そなたはまさか、母のわたくしへ、うそはいわないでしょう。いってごらんなさい、その下手人を」
「わたくしです。そのことなら、たれでもない、この平太です!」
「ま。そなたですって。……いやいや、子のそなたが、実の母のわる口を、いい出すはずはありませぬ。そこな、じじであろうが」
「いや、自分にちがいありません。……母上っ」
「ま。何という眼。その眼は」
「そのことを、乱そうとしては、いけないでしょうか。畜生の子なら、考えもいたしますまい。が、清盛は、かなしいかな、人間の子でした。……ほ、ほ、ほんとの、父親は、たれなのか、どうしても、わたくしは知りたい」
「あらわに、忠盛どのが、今もそなたへ、いったではないか」
「お慈悲です……おことばは。−清盛は、たとえ、ほんとの男親なる者が分かっても、ここにおられる父上を、父以外の者とは決していたしません。……けれど、もうこうなっては、あなた様へは、糺さずにおきません」
清盛は、不意に、かの女の袖を、つかまえた。そして、ゆうべから涙にただれた限じりを裂いて迫った。
「仰っしゃい。あなたは、知っている。−わたしは、たれの子だ?」
「ア、この子は、気でも狂うたか」
「狂うたかもしれません。父上が、世間に恥じて、こう長い月日、引き龍ったのも、あなたのためだ。あなたは、父上の大事な若い月日を奪った、おそろしい女狐だ」・
「なんですっ、母にむかって」
「母ゆえに、平太は無性に、あなたが痛にさわる。あなたが、穢らわしいんだ、いまいましくて」
「あれっ−わたしを、そなたは、どうする気です」
「撲らしてください。父上には、撲れないんだ。二十年もの間、撲れずにいたんだ」
「平太、ばちがあたりますぞ」
「なんの、ばちが」
「今は昔でこそあれ、この泰子は、かりそめにも、白河の君の御愛情に秘めいつくしまれた体ですよ。もし宮中にあれば、后、更衣とも、あがめられたかも知れないのです。それをこんな、あられもない町屋敷へ、妻にと、下賜されて来たことを考えてみたがよい。そのわたくしに、手をあげたり、辱めたりすることは、取りも直さず、上皇さまへの反逆です。無礼です。わが子とて、ゆるしは措きませんぞ」 |
|