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<本文から> 「さむらいの本懐だ。ほかは」
「同時に、建物へ火をかけて、刃に伏したことなので、これなる師業が、正成の遺体を、そとへ取出すのもやっとであったような次第。……詳しくは、追ッつけすぐ、赤松や細川が、御報告にまかるものとぞんじます」
直義は、首包みを抱いて、すこし前へ進み出た。
重そうに、下へ置く。
戦陣勿忙のさいだ。首は武者の母衣で包まれ、血糊が.にじみ出している。
それを解いて、直義は右手で首のもとどりをつかみ、左の手を母衣の下へさし入れた。そして、片膝立ての体をななめ構えに、首級をささげ、吃と、尊氏の熟視に供えた。
「…………」
尊氏は、見た。
息をつめている。そして、ひらいていた床几の膝も小さくすぼめ、両の手はただしく膝においていた。顔にはなんの感情の色ものぼっていない。無常感、それでもないようだ。ただマジマジと見入りながら、もう一言も交わすことのできない物質にたいして、何か、味気ない空しさでも抱いてるような彼に見える。
生前、しばしば会うことはあっても、親しい往来などは、ついぞなかった正成との仲だった。そのせいの無表情なのか。
それにしても、これほどな戦果を、これほどな名誉の首を、何と御覧あっているのか? 御満悦ではないのだろうか? 直義もそうだったが、ほかの面々も、みな、尊氏の口もとばかり見つめていた。
「むむ! よい」
やっと、尊氏はうなずき終った。そして、
「こよいは、ここに置け。なおまた、白木の首台を設えさせて、ていねいにいたしておけよ」
と、言いたした。
しかしそれからは、いつもと変らない尊氏だった。 |
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