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<本文から>
「姜維姜維。なぜこころよく降参してしまわぬか。死は易し、生は難し、ここまで誠を尺せば、汝の武門には辱はあるまい」
驚くべし、孔明のうしろには、いつのまにか、糞城にのこしていた彼の母が、輿に載せられて、大勢の大将に守られている。
うしろには、関興の一軍の迫るあり、前にはこの大軍であった。かつは、敵にとらわれた母の姿を見、姜維は胸ふさがって、馬を跳びおりるや否や大地にひれ伏し、すべて天意にまかせた。
すると孔明は、すぐ車をおりて、姜維の手をとり、姜維の母の側へつれて釆た。そして母子を前にして彼は云った。
「自分が隆中の草庵を出てからというもの、久しい間、つねに天下の賢才を心のうちでさがしていた。それはいささか悟り得た我が兵法のすべてを、誰かに伝えておきたいと思う希いの上からであった。−しかるにいま御身に会い、孔明の日頃の騎いが足りたような気がされる。以後、わが側にいて、蜀にその忠勇を捧げないか。さすれば孔明もまた報ゆるに、自分の慈蓄を傾けて、御身に授け与えるであろう」
母子は恩に感じて泣きぬれた。すなわち姜維は、この日以来、孔明に師事し、身を蜀に置くことになったのである。 |
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