吉川英治著書
ここに付箋ここに付箋・・・
     三国志 5

■趙雲が玄徳の子を命がけで助けたとき、玄徳はわが子を投げて趙雲に語った

<本文から>
 「たのむ」
 と一声、疲れた馬を励まし励まし、艮坂橋を渡りこえて、玄徳のやすんでいる森陰までやっと駆けてきた。
「おうっ、これに−卜−」
 と趙雲は、味方の人々を見ると、馬の背からどたっとすべり落ちて、その惨憺たる血みどろな姿を大地にべたと伏せたまま、まるで暴風のような大息を肩でついているばかりだった。
「オッ、趙雲ではないか。−して、そのふところに抱えているのは何か」
「阿斗公子です・・・」
「なに、わが子か」
「おゆるし下さい。・・・面目次第もありません」
「何を詫びるぞ。さては、阿斗は途中で息が絶えたか」
「いや…。公子のお身はおつつがありません。初めのほどは火のつくように泣き叫んでおられましたが、もう泣くお力もなくなったものとそえまする。・・・ただ残念なのは糜夫人のご最期です。身に深傷を負うて、お歩きもできないので、それがしの馬をおすすめ申しましたが、否とよ、和子を護ってたもれと、ひと声、仰せられながら、古井戸に身を投げてお果て遊ばしました」
「ああ、阿斗に代って、糜は死んだか」
「井には、枯れ草や墻を投げ入れて、ご死骸を隠して参りました。その母の御霊が公子を護って下されたのでしょう、それがしただ心臓、公子をふところに抱き参らせ、敵の重囲を駆け破って帰りましたが、これこのとおりに・・・」
阿斗は触心に寝入っていて、趙雲の手から父玄徳の両手へ渡されたのも知らずにいた。
 玄徳は思わず頼ずりした。あわれよくもこの珠の如きものに矢瘡ひとつ受けずにと・・・われを忘れて見入りかけたが、何思ったか、
「ええ、誰なと拾え」
 と云いながら、阿斗の体を、毯のように草むらへほうり投げた。
「あっ、何故に?」
 と、趙雲も諸大将も、玄徳のこころをはかりかねて、泣きさけぷ公子を、大地からあわてて抱き取った。
「うるさい、あっちへ連れて行け」
 玄徳は云った。
さらにまた云った。
「思うに、趙雲のごとき股肱の臣は、またとこの世で得られるものではない。それをこの一小児のために、危うく戦死させるところであった。一子はまた生むも得られるが、良き国将はまたと得がたい。・・・それにここは戦場である。凡児の泣さ声はなおさら凡父の気を弱めいかん。故にほうり捨てたまでのことだ。諸将よ、わしの心を怪しんでくれるな」
「・・・・・・」
 趙雲は、地に額をすりつけた。越えてきた百難の苦も忘れて、この君のためには死んでもいいと胸に誓い直した。原書三国志のの辞句を借りれば、この勇将が涙をながして、
(肝脳地にまみるとも、このご恩は報じ難し)
と、再拝して諸人の中へ退ったと誌してある。

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