吉川英治著書
ここに付箋ここに付箋・・・
     源頼朝1

■命が助けられ伊豆の国へ配流

<本文から>
  ゆうべ頼朝は、宗清からそれとなく、最期の覚悟を諭されていた。
「さあという時、恥のないように、いつでも死ねる心を、お胸にすえておくのが肝腎です。あなたが世の笑いものとなる事は、源氏の恥のみではありません。侍というもの全体の笑いぐさですからね」
「たいがい、大丈夫に、死ねると思っております。こうして掌さえ合せれば」
常のような素直さで頼朝は云う。思いのほか動揺も見えないので、宗清は、いくらか安んじた。
 頼朝は、今朝も起きると、幽室にぽつねんと坐って、何やら考えている顔していた。
十三日は、その日であった。
「今日は首斬られる日」
と、知っていた。
怖いようなまた、何でもないような−であった。
鶯の声が、今朝も耳につく。
と−
 庭さきの陽の光の中を、その鶯の影が征矢みたいに翔けた。あわただしい蟹音が長縁を走って来たので、驚いたものとみえる。
「……来たか?」
 頼朝の顔が、蝋みたいに白くなった。さすがに眸も恟々しはじめていた。
 「佐穀」
宗清であった。
「お欣びなさい。今はまだ申されませんが、きょうは、やがて吉い事がごぎいますぞ。吉い事が−」
それでもまだに遽には顫えも止まらず、何の意味か紺せなかったが、やがて今に、これへ小松殿がお見えになられますぞ
「ア。……ことによると?」
 頼朝は覚って、急に、体をそこに置いていられないような気持になりだした。
 恐くて恐くて、一刻もはやく、この檻を破ってでも逃げたくなったのは、それからの半日ほどの間だった。
 午の刻の頃おい。
それへ見えるなり声を弾ませて云うのだった。
 小松重盛が見えて、池の禅尼のおすがりと、清盛の慈悲とに依って、一命を救ってとらせるとの旨を、頼朝につたえると、頼朝は、鳴咽の声をあげて、幾たびも、
「あ、有難うございます」
 と、心から礼をのべた。
 心からであったが、自分でも余りはしたなく泣いた事を、すぐ後では恥ずかしく思い出したとみえ、威儀改めて、両手をつかえた。
「どこへ、身は流される事か、分りませぬが、禅尼さまへ、何とぞよろしく、おつたえ置き下さいまし」
「いや、その前に、一度お目もじ申しあげて、お礼をのべられるよう、重盛が計ろうてとらせよう」
 重盛が帰ると、その夕、正式の沙汰を携えて、六波羅の役人が見え、
 伊豆の国へ配流の事。
 三月二十日、京師を立って、配所の地へ、下され申すべき事。
 の二つを申し渡した。
 その日の来るのを、頼朝はどんなに待ったかしれない。幽室から空ばかり見ていた。
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■婚礼の日に政子が逃げる

<本文から>
 北条家の両親をはじめ、一門の縁者と、山本家の一族とが、ふた側に分れて、広い華燭の間にひそと居ながれていた。
 花聟はまだ着坐しない。
 花嫁もなお輿を降りたまま、どこぞの一室に、ひかえている頃だった。
 嫁親の北条時政は、聟の父にあたる老翁と、至極、親しげに何かはなしていた。
 時政は、社交に長けた口ぶりでその余の一族へも、
「このような欣しい夜はござらぬ。ただ彼女も思いのほか子どもで、家を立つ折、婦道を守れと、訓えを一言申したところ、嬰児のように泣かれたには弱りました。…はははは、てまえも、この後は、がっかりするだろうと存じておる。むすめ一人、二十歳まで生い育てて来たかと、何やら自分の齢が急に数えられましてな」
 そんな雑談をしているうちに、広い邸なので、よほど遠くではあったが、火事、火事っ−と駈けまわる召使たちの足音や大声が突然立ちはじめたのであった。
 「なにッ」
 「失火だと」
 すべての人が騒然と立った。わけて山木家の人々は狼狽を極めてみな出て行った。ここかしこの短檠や燈台の灯は煤をふいて暗く揺れ、火元の方の烈しい物音と共に、たちまち物凄い家鳴りがすべてをつつんでしまった。
−花嫁はしずかに四辺を見まわしていた。
 そこの室に侍いていた女たちも皆、側を離れてどこかへ走って行った。
 「……」
 彼女は、にこと笑んだ。
 そして燭台の灯をふき消し、水のごとく人のいない部屋を歩いて行った。
 山木家の侍がふとそれを見つけ、怪しみながら花嫁の後をつけて行った。政子は広間の次へ出たが、そこに明りが見えたので、廊を引っ返して、白い衣裳のまま、庭面へ走り出した。
 「あっ。どこへっ」
 組みついた者がある。政子は声もたてなかった。振向いて、その顔を見ると、山木家の家来なので、
 「火を避けに行きます」
と、静かに云った。
 「火は、大勢して、消しとめています。大事には立至りません。不審なご様子、邸外にお出し申すわけには参りませぬ」
 「慮外であろう」
 「何であろうと」
「お離し…」
 「いや。お戻りください」
 云い終ると共に、その侍は、いきなり政子の肩を荒々しく押し返した。
 痛さに、われを忘れて、政子は悲鳴をあげたが、同時に、その侍の口からも異様な坤きが流れた。その侍は、何者かに、刃で脾腹を刺し貫かれていたのである。
 「政子さま。私の背に」
 片手に、短刀をひっさげた覆面の男が、彼女に背を向けた。土肥次郎実平であった。
 釜殿の出火は、元より実平の仲間が放けた火であろう。政子を負って、彼が土塀のほうへ駈けてゆくと、そこの木陰から、他の人影が幾つもつづいて行った。
 ほとんどが、火に気をとられて、何を顧みる余裕も持たなかったので、若人輩は、難なく花嫁を奪って、土塀の外の濠をも渉ってしまった。
 「厩から馬を奪って来た。実平実乎、そして姫をこれへお乗せしろ」
 仁田四郎の声である。手柄手柄と、藤九郎盛長が賞める、実平は、姫をかかえて跳び 乗った。
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■政子は政略でなく自分で嫁ぐことを決めていた

<本文から>
「政姫さま。おさびしゅうあろうな」
 法音比丘尼は、彼女のぼつねんとしている姿を見ると、慰める気か、側へ来ては話し かけた。
 この尼は、北条家へも前から出入りしていたし、わけて政子には、幼い時から和歌を教えたり、法華経の読解を授けたりしていた縁故もあって、親しい師弟といったような情愛もあった。
 「いいえ」
 政子は、顔を撮った。
 寂しかろと問われた時、政子は「ええ」と答えたことはなかった。気丈なので人に涙を見せないのであろうと、尼はなおさら可憐しがったが、政子は自分を偽ってはいないのである。
 正直、彼女は、婚礼の夜、山木家を逃げて来てから、一度でもさびしいなどと無聊な心に囚われたことはない。夜半の海鳴りと共に血の燥ぎのやまない折はあっても、悲しいとか淋しいとか、今の身を観じたことは一度もなかった。
 処女らしい感傷などは、彼女に取って愚かに思われた。彼女の青春は、もっと実際なものに燃えていた。等しく若い夢はあっても、単なる夢に過ぎないことに彼女の血は汲も打たないのである。
 夢といえば。
 いつか妹が、青い夢を見たというので、政子が戯れに、その夢を買ったことがある。けれど、それは行末の運命を、儚い夢占などに恃んで買ったわけでなく、どこまでも、妹達を遊ばす戯れにした事だった。
 今。こうなっている姉の身を、家にある妹たちは、どう考えているだろう。
 (吉いと思った夢占が、ほんとは凶夢だったのかしれない。それで災難を負うておしまいなされた−)と、そんなふうに、あどけない解釈をして、思い侘びているかもしれない。
 幾つも年はちがわない妹たちであったが、政子から見ると、まったく他愛ないお人形に見えた。−家を出て、今ここから、思うと、その感じはなおさらであった。世の中を知らない深窓の処女たちが、憐れに思われた。
 肉親の妹ばかりではない。世の多くの良家の女はみなそうである。政略に嫁がせられ、武力に奪われ去って行く者であった。それを時凰と見慣れて人も怪しまないのだ。少なくとも、政子は早くから、そういう風習に、反感をもっていた。
 (自分だけは)
 という理想があった。嫁すべきものへ嫁す運命をさがしていた。
 頼朝の恋文を初めてうけた時、彼女の気もちは、うろたえなかった。むしろその前から彼女からも頼朝へ志を贈っていたほどだからである。
 彼女は、頼朝の貴公子的な人品にも心を寄せていたがまた、頼朝の不遇な 配所の流人という境遇にも恋していた。
−どうしていらっしゃるか?
 今も、それを独り思い耽っていたところへ、法音比丘尼が話しかけて来たのである。おさびしかろと問われて「否」と答えたのは、正直な返辞なのであった。
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■時政は頼朝と政子を結ぶための策として山本家輿入れを承諾した

<本文から>
(断っても断れない二人)
 なる事を、認めていたらしい事であった。
 それを承知しながら、なぜ山木判官へむすめをやる約束をしたかは 時政自身は何をも云わないが
(彼から求められた以上、彼を拒んで頼朝に嫁がせては、六汲羅からも近国からも、北条家の意志として怪しまれよう。恋ならばどんな盲目なことも敢えてやって退けるものと、人もゆるし、世も疑うまい。飽くまで、盲目な恋がなせる業としてでなければ、二人を結ばせる方法はない)
 と、考えを極めていたらしいのである。つまり最初から結果を見越して、ただその「方法」として、政子を山木家へ輿入れさせたと思われる口吻があった。
「油断のならない舅だ」
 と、頼朝は、彼の遠謀に心では将来を惧れたが、この舅を帷幕に持って、大事へ臨むとすれば、甚だ心強くもあった。
「北条どのがそうご承諾なれば、幸い、自分が参っているうちに、二人の目出度い姿を見て都へもどりたいが」
 と、行家が重ねていうと、
 「それはよい。ぜひ近日にも」
 と、宗時も同意した。
 にわかに話は纏まった。いずれ山本家へ知れるにしても、大びらでない方がよい。彼の意気地をこっちから煽動してはまずい。−それに表向きまだ勘当の息女、配所の流人、どこまでも質素がよい。こっそりと挙げるがよい。
 時政の忠告どおりな挙式が、それから十日ほど後に、配所の一室で、華燭というよりは、しめやかに挙げられた。
 伊豆山の尼院から密かに移って来た政子も至って粗服であった。花智の頼朝も何の色彩もない姿である。 が、むしろ精彩のないところに清麗があった。配所の寒燈がかえって神々しかった。
 時政も密かに列していた。政子の兄妹たちも見えていた。粒々辛苦、長らく仕えて来 た配所の家人たちは、ふたりの姿を見て欣し涙を抑えきれなかった。
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