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<本文から>
そこで。
待ち設けていた秦野屋九兵衛は、自分の手に収めておいた洞白の鬼女仮面を金吾に手渡しました。
久しかりし流転の般若は、よろこびにふるえる金吾の手にかかえられながら、改めて、万太郎の手許へ返される。
日本左衛門という呑舟の大魚は、遂にその晩、それ以上の追捕をつくすべくもありませんでしたが、ともあれ、聖天の河っ童穴以来、一同の心をなやましていた仮面だけでも、無事に遣る人の手へ返って来たのは、まず、上乗とまでは行かなくっても、首尾よく運んだものと言わなければなりません。
このてがらは一に秦野屋の奇策にあるところ、金吾は万太郎のよろこびをうける前に、その礼を先に彼へ述べなければならないと思いました。
しかし、九兵衛はそんな面倒な礼などをうけている顔つきもなく、もう菅笠を引っ被って、
「じゃ相良様、いろいろお話もございましょうから、手前は一足お先に仲間の者を追いかけます。え? 何処へって仰っしゃいますか? 木賊を越えて秩父の奥、秩父をすぎて中仙道、それから上総の鹿野山で落合おうというのが仲間の約束でございますから、日本左衝門もいずれその方角で……。じゃ、また秩父か何処かで、お目にかかる事になりましょう。何しろあっしのような日蔭者には禁物な親方がそこにおいでですから、ひとまず御遠慮いたします」
と、打勘の方を向いて笑いました。 |
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