吉川英治著書
ここに付箋ここに付箋・・・
     江戸三国志 2

■日本左衛門の一味が短刀の捜索関係者の暗殺を計画

<本文から>
 −夜光の短刀の捜索が、ようやく、その曙光を見出して来るとともに、日本左衛門中心の一味にとって、事ごとに邪魔になるものは、その短刀を廻ッて同じ猟奇心に動く人間と、その秘密を一層世間へ流布するおそれのある人間の存在です。
 そこで、彼の果断は残忍をいとわぬ事になって来ました。すなわち、自分を別にして、手下の者を五ツの組に分け、数えあげたその邪魔ものを、疾風迅雷に手分けをして刈り尽くそうという考え。
 そこで、各ゝが引当てた「暗殺の籤」の結果は?
 紙縒の端を順にひろげて見ました上、役割はこうと極まりました。
  雲霧の仁三の組………徳川万太郎を暗殺する。
  尺取の十太郎の組……目明しの打勘を暗殺する。
  千束の稲吉の組………丹頂のお粂を暗殺する。
  四ツ目星の新助の組…道中師の伊兵衛と馬春堂の二人を暗殺する。
  秦野屋九兵衛の組……相良金吾を暗殺する。
  そして最後に親引きとして残った日本左衛門の簸は、もう見るまでもありません。−切支丹屋敷のお蝶。
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■山岳切支丹族

<本文から>
 久助の強い目に、お蝶は思わずうつ向かせられました。
 そこで、なお得心のゆくように説いて話す彼のことばが、お蝶にとっては、いちいち今日まで夢想もしない世間と不思議な事実ばかりです。
−徳川初世の禁教令このかた、殊に寛永年度のきびしい邪宗門狩りの法度が天下に布かれて以来日本の地には、表面、切支丹の宗徒まったく影を絶っているようでありましたが、事実は、柱に天帝の像をかくして、マリヤに似せた観音像を仏壇にひそめて、ひそかにそれを信奉するものや、或いは、そうした人々のみで、法令のとどかぬ山間の部落をなして、一種の切支丹村をかたちづくり、領主のさとるところとなると、山から山を遊牧して、またどこかに聖教の村を作る−そういったふうな宗徒は今に至っても決して絶えていないのでありました。
その最も力のある団体が、榛名、赤城、秩父、甲府にわたる無人の地を所さだめずに棲んで移る山岳切支丹族の仲間の者であるのです。
 とんぼ売りの久助もその一人。いま座敷をかりているこの家の亭主もその一人です。
 また、吾々山岳切支丹族のなかまは、その漂泊してゆくところの武甲の山や徴父の奥に、いくつもの耶蘇教会をもっている。だから、幕府が今よりも宗門の制を苛酷にして、信徒にあらゆる迫害をきわめても、少しも信仰を害されることはない。また、そんな政策によって、日本の聖徒があとを断つことも決してない。
  そこは自由な天地。
  地上の楽園であります。
 私たちは、その自由な山の教会へ、小石川の牢獄からヨハン様をお迎え申し、今また貴女様をお迎えに来たものです。そしてあなたを中心に、ヨハン様をそのうしろだてに、夜光の短刀をたずねようという仲間一統の申し合せなんでございます。
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