吉川英治著書
ここに付箋ここに付箋・・・
     江戸三国志 1

■王家の復興のための夜光の短刀の捜索

<本文から>
「深いあやまりでした。私は、どこまでもあの方を、日本へ帰化した今井二宮、ころびばてれんと憎みました。そして疑ってまいりました。しかし、実をいうと故郷の羅馬では、私の親が、代々つかえてきた御主人の家筋なのです」
「だれが」
「二宮殿です」
「えッ、おまえは、私のお父さんの家筋に、代々つかえてきた家来だッて?」
「はい、あの方こそ、今は夜光の短刀がないために、家名はつぶれ、貴族の籍もはぎとられて、それを探しに日本へ流浪なされましたが、まことは、羅馬のさる王家を再興なさらなければならない、たッた一人のお血筋であったのです」
 はじめて聞かされた父の系図。
 祖先を思うときに現実の自分はひとつの不思議な存在であります。
 お蝶もまたわれとわが身を疑いなくしていられません。
 ヨハンのいうが如く、父の二官が羅馬の一王家を興すたッた一人の血筋であるとすれば、その人の亡い次の血は、異国にこそあっても、当然、自分ひとつの身に遺されて、自分は王家の姫である。
 咄嗟 − この場合ではありましたが、お蝶はその話に一種の羞恥を覚えて、そしてまた一方では、
 (そんなはずはない!そんなはずはない!)
 と聞くそばから否定して、
 (わたしはいやしい山屋敷の囲われ者、人にいみきらわれるころびばてれんの娘 − 羅馬王家の血筋とやら、貴族の姫とやら、そんなわけがあるものじゃない)
 と、思いました。
 けれどヨハンの話は、薄々と説いておそろしいくらいまじめです、真剣です。
 「わかりましたか、お蝶さま」
 いつまでも彼女の腕を放さない。
 決して、うわの空に出る一言一句とも思われません。
 「−そこで私の素性を申しましょう。私はさっきもいったとおり、王家の従僕でございます。代々の家来でございます。ところが、夜光の短刀をさがしに、日本へ渡来された二宮毅が、幕府の手にのってころんだ上、名も今井二宮と名のり、妻をもち子までもうけて、帰化しているという噂が、本国の法王庁へまで聞えてまいりました」
 「手がしびれる……すこし放してよ、ヨハンさん」
 「あ、すみませんでした」
 ヨハンが手をゆるめると、性を失ったお蝶の指から、短い刃物がカラリと床へ落ちておどる。
「で、私は法王庁から、その視察をいいつけられ、日本へ渡航を命じられましたが、禁教の国へばてれんとして上陸るすべはないので、わざと漂流人のふうていを装い、大隅の国の屋久島へ乗渡り、そこで故国の人々と船をすてて、ぼんやりと、ひとり湯泊の海岸へあがったのです」
 ヨハンは、七年の前を追想して、石室の中で目をとじました。
 あとのことは日本幕府の記録が示すとおり、村人に見つけられて長崎の宗門方に渡され、やがて江戸表護送となって、前後十数回、筑後守新井白石のきびしい取調べをうけたのであります。
 思うつぼに、ヨハンは切支丹屋敷へ下獄されました。そして、折あらば二宮に向って、羅馬王庁のことばを伝え、王家の復興をわすれ夜光の短刀の捜索をすてて、無為に生きながらえている非行を責めようと、機を覗っていたのでありました。
 ところが、二宮はヨハンの下獄してきたのを知りつつ、そこへ会いに来たこともなければ、たまたま、ちらと姿を見せても、あわてて務をそらしてしまう。
「浅ましい人間!」
 ヨハンは自分の主人ながら、その卑劣さをいきどおろしく感じて、ひたすら、面と向って言葉を交わす日を、今に今にと待ちかまえていたのです。
 「私は、その鬱憤を投げつけました。二宮殿の死は、わたしの毒舌が殺めたも同様…お蝶様、ゆるして下さい」
  ヨハンは声をすすって泣き入りました。そしてまたお蝶に力をこめていうようには、
「この上は、二宮殿の遺志をついで、夜光の短刀を探しだす者は、あなた以外にないことになりました。 −お蝶さま! あなたはこの山屋敷をお逃げなさい。そして夜光の短刀をたずね出して羅馬の都へお立ちなさい。羅馬はあなたの祖先の国、そこには、主なき王家の財宝と幸福が待っています」
 一句一句、ヨハンが胸の秘密を解いてしぼり出すようなことばに衝たれて、お蝶も、ジッと首をたれて聞き入りましたが、
 「だって、それを探すといっても私には…」とためらい顔です。
 「いいや!」
  ヨハンは強く首をふる。
 「そんなむずかしい事ではありません。それにあなたはどう見ても日本の娘、どこを歩きさまようても、怪しまれぬのが何よりです。− 教えましょうお蝶様、さ、教えましょう」
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