津本陽著書
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          柳生兵庫助 (4)

■兵介は太刀遣いの要領を惜しみなく教える

<本文から>
 柳生館の稽古所は、天井、柱、壁板がすべて紅殻塗りなので、晴れた日もほのぐらく、板間から見る日向の景色は、まぶしくあざやかであった。
前庭にはつつじ、くちなしの花がいまを盛りと咲き、蝶がはなびらにもつれるように飛んでいる。
 四月十八日の朝も、兵介はふだんとかわらず稽古所へ出た。石舟斎の 容態をきづかう見舞客たちも幾人か、稽古のさまを見にきていた。
 兵介のまっすぐのびた背筋、たくましい頸、隙のない腰から足先へかけての動作は、見る者に勇者を讃仰する思いを、湧きたたせる。
 兵介は兵法稽古で練りあげた、響きのこもる静かな声音で、弟子たちにいう。
「これより、当流を習う者にとり、つつしむべき十禁を口伝いたす。まず、身と手の分るることじゃ。打ちこむとき、頭、両肩、胸をうしろに引き、太刀をとる両腕のみまえにいずることをいうのや。さような打ちかたをいたせば、切り留まりになり太刀は伸びず、手前斬りにすたれるわけじゃ」
 兵介はしないをとり、悪しき打ちこみのかたちをみせる。
「つぎには、打ち三つのことを申す。三つとは、鈍る、とまる、はなるるじゃ。さきの二つは悪しく、はなるるは吉じゃ」
 弟子たちは、兵介のしないをとる手もとに見入る。
「鈍るとは打ちこみの、物を捨てたるようにゆるくして、冴えたるところなく、鈍りたることをいう。これは、かならず手のうち上筋なる者の打ち、または遠間より無理に仕懸けた打ちのことじゃ」
 手のうち上筋とは、しないの柄を握る右手を、茶巾絞りに内側へ締めず、指さきがうわむきになるゆるい手つきのことである。
「とまるとは、物を押えたるように堅くはずみなき打ちを申す。これは手のうち下筋にすぎる者、または近すぎる打ちじゃ。このふたつの悪しき打ちにくらべ、よく澄んで利く打ちをはなるると申す。手のうちもよく、はずんで冴えをあらわすものじゃ。打ちの狙いが芯にあたっておるゆえに、はなるるのや」
 兵介は、みずから身命を賭しての真剣勝負で会得した太刀遣いの要領を、惜しみなく教える。
 弟子たちは兵介の示す悪しき癖を、わが身の技にひきくらべ、うなずきあう。 
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■薙刀の名人棒庵の唯授一人の後継者

<本文から>
 棒庵は薙刀の石突きを左手で握り、左のこめかみの下につけると同時に左足をうしろへ退く。
 薙刀の刃は上を向け、刀尖は地上五寸ほどの高さに下げる。右肘は右脇につけ、右の前腕を水平とし、薙刀を支える。
 棒庵が得意の席払いの構えであった。
「いざ、参れ」
 誘いの声を発した棒庵は、両手を頭上にあげ、薙刀を水平にしつつ、刃を右からうしろへまわす。
 兵介は右手にとった小太刀の剣尖を、やや左前に垂らし、右足をまえにした無形の位であった。
 小太刀で薙刀にむかうのは至難のわざであったが、兵介はかろやかな摺り足でまえに出た。
 棒庵もまえに出てゆく。兵介は間境に達すると、おそれる色もなく踏みこむ。小太刀は中段にとっていた。
 棒庵は左足をまえに踏みこむなり、兵介の右臑を狙い唸りをたててななめの払い斬りを打ちこむ。かわされても打ちこんだ切先は、振り子のようにもどって斬り返してくる。
 兵介は棒庵と立ちあった瞬間から、水のように澄んだ心境であった。以前のように気力で圧倒されることはない。
 彼は打ちこんできた薙刀とすれちがうように右足を踏みこみ、左足をあげ千段巻きのあたりを蹴って動きをとめたと見る間に、棒庵の手もとに入りこんでいた。
 左手で棒庵の袂をつかみ、右手の剣先は脇腹にあてている。
 「うむ、これはしたり」
 棒庵は立ちはだかったままは呻いた。
 「よかろう、剣のほどは見届けたぞ。いかさま新陰流三世にふさわしいはたらきじゃ。これでよし、儂の薙刀はもはやそなたの太刀には及ぶまい」
 「恐れいってござりまする。いまのは拾い勝ちかと存じますれば、いま一手のお相手をお願い申しあげまする」
 棒庵は薙刀をとりなおしたが、動かなかった。
 「いや、上段から参ろうと、下段、股すくい、風車、水車と技をつくしても、そなたは儂の拍子にあわせて凌ぐにちがいない。足どりに思い惑っところがなくなったのは、勝とうとする心が消えたゆえであろう。これでは、そなた本来の力を存分にあらわせるゆえ、儂には分がないことになる。やめておこう」
 棒庵はめずらしく、笑みをたたえていた。
「兵介、そなたは儂と試合をいたして勝ちたるうえは、柳生谷へ戻るつもりであろうが」
 兵介は、かぶりをふった。
「山籠りをいたすまでは、その心づもりにてござったが、いまとなってはわが身に納得のゆくまで、この地にて修行いたしとう存じまする」
 棒庵は重ねて聞いた。
「ならば、新当流長太刀の技のすべてをそなたに伝授いたすゆえ、奥義の允可相伝までこの地に逗留いたしてもらいたい。そのつもりは、あろうかの」
 兵介は庭に膝をつき、ふかく頭を下げた。
「もったいなきお言葉にてございまする。仰せに従い、精進をかさねまするゆえ、なにとぞ御流儀の伝授を下されたく、お願い申しあげまする」
 兵介は天下に聞えた薙刀の名人棒庵の、唯授一人の後継者となるまで修業をつむ覚悟をきめた。
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■お千世が倒される

<本文から>
 兵介は千世の早い呼吸をかぞえていた。破傷風にならねばよいが。脳に傷がついておらぬのか。
 さまざま思い悩み、千世のあおざめた寝顔を見つめる。
(お前がもし死ねば、儂は生きておる甲斐がない。儂を置いて先立ってはいかんぞ。早く癒ってくれ)
 兵介は胸のうちで、千世に語りかける。いつも達者でいた千世は、身動きもせず早い呼吸をくりかえしていた。
「若さま、お千世は寝とりまっさかい、いまのうちに、お着換えなはったほうがよろしゅうごぎいまっせ」
 木猿にうながされ、兵介はわれにかえった。
 「どうや、千世は気遣いないと思うか」
「へえ、お千世も忍者のはしくれだったさかい、体は鍛えてござります。これしきの傷で、あっちを向くよなことは、ござりまへん」
 兵介は木猿に元気づけられ、ようやく座を立った。
 「お湯が沸いてござります」
 女中にいわれ、湯殿で湯を浴び、髭を剃った。
 (お千世、死ぬな。死ぬでないぞ)
 兵介はくりかえしつぶやく。
 衣裳をあらため、戻ってきて女部屋をのぞいた。小猿の姿はなく、木猥が枕頭に坐っていた。
「どうや、加減は」
「気遣いおへん。顔色がちと戻ってきよったようで」
「そうか、何かおこればすぐ知らせてくれ」
 兵介はいいおいて、大書院へむかった。
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■叔父・宗矩の強引なやりくち

<本文から>
 宗矩は大書院で、厳勝、貴意をまえに、茶を喫して待つ。夜があけそめ、庭に鳥の冴えた囁きごえが騒がしかった。
「兵介は情のふかい男じゃ」
 宗矩は苦笑いを片頬にみせた。
 厳勝は黙っている。彼は十九歳年下の弟が柳生館が主人としてふるまうのに、あきらめと不満のいりまじった、暗い感慨をかみしめていた。
 宗矩の正室おりきは嫡男を産み、母子ともにすこやかに過ごしていた。春桃御前は孫の枕辺につききりで、面倒をみている。
 宗矩は石舟斎亡きあとは空屋となっていた大書院に住み、厳勝は以前とおなじ離れ屋住いである。宗矩が江戸から連れてきた十余人の家来は、柳生館の家来を眼下に見て、横柄なふるまいが多かった。
 宗矩が兵介に、伊賀者の内輪揉めをとりしずめにゆかせるという、危険きわまりない用向きを平然といいつけたとき、厳勝は弟の冷酷な性格を知った。
 小幡景憲も、宗矩の物事を理屈で割りきろうとする、冷静で強引なやりくちを呑みこんでいた。
 宗矩は伊賀者が、服部党と百地党にわかれて仲間あらそいをはじめても、いっこうに構わないと考えていた。
 領地騒擾を理由に、筒井定次を改易してもよいのである。大御所家康が、定次を失脚させようと決めているからには、表面の理由をこしらえれば事は足りる。
 伊賀者同士が殺しあっても、四千人いる忍者の一割も死ぬまいと、宗矩は読んでいた。生き残った者を使えば、充分に幕府の用に立つ。
 彼にとって、大塩九郎右衛門などはどうでもよかった。姉婿が死んだところで、何の痛拝もない。
 兵介を紛争の解決にゆかせれば、柳生家の親戚への面目はたつ。兵介がもし死ねば、それもまた、やむをえないと宗矩は考えていた。
 そうなれば、新陰流の道統は、当然宗矩が継承することになる。
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