津本陽著書
ここに付箋ここに付箋・・・
          柳生兵庫助 (1)

■新陰流の後継者として稽古をつけられる

<本文から>
 稽古所の上段の間に坐っている石舟斎が、兵介を招いた。
 「祖父様、叔父上、お早うござります」
 兵介は歩み寄り、頭をさげる。
 「うむ、兵介。お前は今日からいよいよ組太刀の稽古をいたせ。打太刀は、又右衛門がいたしてくれよう。まず三学円の太刀五本の一本目、一刀両段より、便太刀の使いようを学べ」
 兵介は緊張した顔つきで答えた。
 「承知つかまつりました」
 三学とは兵法の戒、定、慧を意味し、円は新陰流独得の転の意をこめている。
 一刀両段、新釘載鉄、半開半向、右旋左転、長短一味の五本の太刀は、上泉伊勢守が新陰流の極意の一切はそのうちにあるとして編みだした、すべての太刀技の基本となるものであった。
 兵介はすでに組太刀の型としての三学円の太刀を、又右衛門、久三郎に教わって知っていたが、正式の稽古となれば真剣をとっての試合と同様の気塊と、迅速で正確な太刀使いがもとめられる。
 「では参るぞ」
 又右衛門が三尺三寸のしないを持って板敷の中央へ出た。
 兵介は二尺八寸の子供の使うしないで五間の遠間に立って、相対した。石舟斎と厳勝は、息をひそめて一見守る。
 兵介は太刀を無形の位に臍下にとり、右足を一歩まっすぐうしろへ引き、足先をひらいた。
 「うむ、ええ呼吸じゃ」
 石舟斎がうなずいた。
 兵介の右偏え身(半身)の構えは、正確に相手にむかっている。まえに出した左足のおやゆびは、打太刀にまっすぐむかい、自らの体の中心線である人中路を踏んでいる。
 彼は同時にまっすぐ臍下に下げたしないをうしろへまわし、右腰のまうしろにつけた。刃を下向きにした車の構えである。(脇構えともいう)
「兵介、いますこし腰を沈め前に重みをかけよ。懸待表裏一隅を守らずと申しての。気持は敵にかかり、待ちは待ちにあらずじゃ。先で打ちかかる気持で待っておるのじゃ」
 打太刀の又右衛門は八相にしないを構え、便太刀の車の構えの左肩口に狙いをつける。
 兵介の両眼は火を点じたようにかがやいていた。 
▲UP

■初めて人と斬った切れ味

<本文から>
 矢来をとりまく群衆が、いっせいに足を踏みならし、叫びたて、手を叩く。
 「やっぱり柳生の弟子殿か。さすがよなあ」
 「新陰流のおそろしさよ。海内随一の兵法を見て、眼の法楽じゃ」
 「人斬り矢柄も、運が尽きたか」
 松右衛門にまことの素姓をあかされた矢柄一門は、殺気もあらわに刀を抜きつれ槍の穂先をそろえ、四人を押しつつんできた。
 木猿が、鳥の子と呼ばれる煙玉を、つづけさまに地面に投げつける。隠しもった火縄で口火をつけられた煙玉は、雷のような凄まじい轟音とともに破裂し、硫黄の濃いにおいをはなつ黒煙を吹きだす。
 「いまじゃ、総捲りをいたせ」
 又右衛門が叫び、刀をふりかざしてまっすぐ敵のほうへ突きすすんだ。
 総捲りとは大勢の敵に囲まれたとき、敵の人数のすくないほうを破って逃げようとせず、多くあつまるほうに斬りいって脱出する法である。
 小人数のほうに走り大勢に追われれば逃げきることはできない。思いきって敵の中核に斬りこみ、突破すれば、敵は混乱し迅速にあとを追えないものである。
 又右衛門と松右衛門は、車の両輪のように刀を振って走る。木猿と兵介も、抜き身を手にあとに従う。
 剣戟のひびきが湧きおこり、又右衛門が突きかけてきた槍もろともに、一人を斬り伏せる。木猿が眼つぶしと煙玉を投げる。
 五右衛門が手下とともに矢来を倒し、目潰しの砂を詰めた火縄筈を、みぞおちにひびく音をたて撃ちはじめた。
 兵介は身を低め、抜きはなった大脇差の刀身を右肩にかつぎ、又右衛門の背を睨んで走った。
 彼には自分の動惇のひびきだけが聞えていた。全身の毛孔から噴きだす熱気が、顔のまわりに揺れている。
 横あいから視野に銀蛇がひらめき、兵介はとっさに身をひらき脇差をうちおろす。しぼり出すような敵の絶叫が、耳しいていた彼を突然眼覚めさせた。
 走りながら振った袈裟掛けの一撃が、敵の左肩から乳へかけななめに斬りこみ、裂けた大きな傷口がみえた。
 黄の脂と白い肉が、血潮の霧のしたに信じられないほどの大口をあけている。手ごたえはまったくなく、空を斬ったようであったのに、魔神がひきさいたかのように、ひろい断面をあらわした肉塊が、地に落ちかけていた。
 兵介の両眼が野獣のように光り、自然に口もとがゆがみ歯をむきだしていた。背筋を走る戦慄に堪えようと、彼の喉から咆哮がほとばしり出す。
「わあっ、わああっ」
 兵介は頭上に血刀を捧げ、宙を飛んで走る。
 一瞬に身をひねって二人を斬り伏せた又右衛門の背に、刀をふるい飛びかかってゆく人影をみると、兵介は腰をひねって逆袈裟の太刀を斬りあげる。
 こんども手ごたえはまったくなかった。彼は刀を振っただけで、夢のなかの出来事のように敵の袴と小袖が裂け、幅ひろい肉が重たげに口をひらき、墨汁のように暗い色の血が苗に飛び散るのをみた。
 兵介はこんがら童子のようにおそろしい顔つきで、頭髪を逆立たせた。生れてはじめて知った刀の斬れ味が、彼を昂奮させていた。自分のうちに眠っていた、あらたな能力が眼覚めたような気がした。
 四人は地煙につつまれて築地のそとへ走りでると、五右衛門の手下が馬の手綱をひいて待っていた。
 目潰しの煙玉がつづけざまに投げられ、黒煙がたちこめ追手はひるんだ。
 「いまじゃ、乗れ」
 又右衛門が叫び、皆は馬に乗る。
 遠巻きに眺めていた町びとたちが逃げ散る大路を、彼らは馬腹を蹴って遠ざかっていった。
 その日から半年経った、文禄三年(一五九四)四月なかばのいまも、大脇差で敵を斬ったときの、おどろくほどの斬れ味を、兵介の両手が覚えていた。
▲UP

■絶対に斬られないという心持ちに変わった

<本文から>
 石舟斎はうなずき、問いをかさねた。
「敵中に斬りいるとき、わが身を白刃にさらすのが、おそろしいと思うたかや。かざらずありていにいうてみよ」
 兵介は宙に眼をすえ、即座に答えた。
「おそろしいとは、露ほどにも思いませなんだ」
「ならば、いかに思うた」
「人を斬ることにてはあれども、なにやらおもしろう思うてござります」
 石舟斎は膝をうった。
「それが当然の極意の気持じゃ。多勢の悪人どもにむかい斬りこむとき、生死は念頭になく、刀をふるうのがおもしろう思えるのは、兵法の奥の奥なる滋味を解しておるゆえじゃ。われ知らず身動きが法にかない、敵の動きの表裏をつかんでおらねば、そのような気にはなれぬ」
 石舟斎にいわれてみれば、兵介は敵中にあるとき、わが身が眼にみえない楯に守られているような気がしていたのを、思いだす。
 つねにわが人中路に沿わせて持つ剣のかげに、全身を隠している確信があり、どのようにはげしく動いても、敵と自らの動きが、まるでたがいの間に糸を張りわたしているかのように陰陽の応対を乱すことがなかった。
 三年前、奈良の路上で増田家中の侍たちと戦ったときも、兵介は絶対に斬られないという確信がゆるがなかったが、真剣勝負の緊張に心をふるわせ、こんどのように敵の技の表裏をとるおもしろみを感じる余裕はなかった。
 「儂はいつのまにやら、心持ちが変ったようじゃ。情がこわくなり、死がおそろしゅうなくなった」
 兵介はわが体内に、柳生家の武人の血が濃く流れているのを感じた。
 先祖たちは、彼とおなじように襲いかかってくる残忍な敵をうちしりぞけ、柳生一族の血脈をつたえてきたのである。
▲UP

■加藤清正の指南役を辞する

<本文から>
 清正は縁側に足をとめていたが、庭下駄をはいて沓脱ぎ石のうえに下りる。
「伊豫、そのほうはなにを申したいのじゃ、長門のことは儂に任せておけばよい。また侍大将の役向きがつとまらぬと申すが、高原郷で早速に手柄をたてて参ったではないか。そのほうが暇乞いをせねばならぬわけが、儂には分らぬがのう」
 兵介は率直に内心をうちあけることにした。
 余人であれば、清正の意にさからう言葉を吐く勇気はないが、兵介は鍾馗の画像がゆらぎ出たかと思われる清正に、肉親のような親しみを感じる。
 「私には殿に一身を捧げ、股肱としてのはたらきをいたすことに、何のためらいもござりませぬが、生来柳生館で太刀打ちのみをこころがけて参りましたるゆえ、世間のならい、ご朋輩の衆との折りあいのつけようが、いまひとつ合点がゆきませぬ。それに一揆討滅と申さば、老人女子供もすべて斬らねばならぬとのこと。私にはとてもさようなことはできませぬ」
 「女子供と申しても、一揆勢は油断はならぬものじゃ。年寄りもおなじこと、生かしておけばこちらを仇とつけねらい、争乱の因となる。それゆえ根絶やしにいたすのじゃが、汚れに触れたことのない剣ひとすじのそのほうには、無理かもしれぬ。本来無一物、いずれのところにか塵填を惹かんと六祖が申したが、そのほうのような兵法の道へふかくわけいった者には、世俗のことはすべて道の障げになるのかも知れぬのう」
 清正は兵介の決意を、あやまたず読みとっていた。彼は憂いをおびた口調で告げた。
「よかろう、儂はなんとしてもそのほうを手許に置いておきたいが、詮もなきことじゃ。暇をつかわすゆえ、そのほうの気のままにいたすがよい」
▲UP

■多くの仕官の道を断る。浮世の様がはかなく思える

<本文から>
 ところで、そなたが足立山に籠ってのちに、西国の諸大名よりそなたを召抱えたしと、使者が参った。佐賀の鍋島殿、筑前の黒田殿、安芸の福島殿などはとりわけ執心の様子であったが、儂はそなたの意中を申しのべ、仕官の意は両三年のあいだないと伝えたのじゃ。おおかたの使者はあきらめて踵を返したが、福島殿のお使いだけはいまだ帰国せず、城下のご家老職のお屋敷に逗留してござる。物頭役の鵜飼と申す仁であるが、せっかくのご懇望ゆえ、そなたが対面いたし、思うところを述べ仕官ご辞退をいたしてはどうじゃ。福島殿はそなたに表高三千石と、破格の処遇をなされるご内意じゃ」
「はい、さような儀であれば、さっそく鵜飼殿のもとへ参上いたし、仕官いたしがたき旨を、ことをわけて陳べて参りましょう」
 豊五郎はしばらく考える。
「いや、そなたがゆかぬほうがよかろう。儂が鵜飼殿をこの屋敷へ招くゆえ、この屋敷で対面するがよい。出向いて参れば、なにかと断りにくい仕儀になりかねぬものでもない」
 兵介は半刻(一時間)ほどの雑談ののち、ひきさがった。
 天下に名高い荒武者の福島宰相正則が、望外の高禄で招いてくれるのはありがたいが、兵介には仕官して出世の道を辿りたい気は、もはやなかった。
 彼には浮世の様がはかなく思えるのである。
 兵介の本心のねがいは世間との交りをすべて絶ち、千世とともに柳生のいなかに閑居していたいのである。
 ひとは死ねばすべて終るのに、あくせくと気に染まぬはたらきをして、日送りすることはないと、彼は考えている。
 兵介はこれまでに、多くの人をわが手にかけ命を奪った。そうしなければ自分が殺されるからであった。
 柳生館を立ち出てみれば、世間は百鬼夜行の修羅道そのままの眺めで、地にうち倒れる血まみれの屍骸、青ぶくれになった行き倒れのさまを日夜目にするうちに、兵介の身内に死へのおそれが知らぬ間に宿っていた。
 一村ことごとくが痘瘡などの疫病で死に絶え、息もつまらんばかりの悪臭をはなっている場に、ゆきあわせることもある。
 嵐のあと、山津波で埋没した肉親を、泣きながらに掘り出す情景を見たこともある。
 人の命がいかにはかないものであるかを、兵介は思わないではいられない。片手で白刃を一閃させただけで、手応えもなく首胴を異にする。もろい人の体に宿る魂は、禅坊主のいうようにほんとうに不滅なのであろうか。
 もし不滅でなければ、息をひきとった瞬間に自分はどうなるのか。永遠の眠りのとばりのうちに閉じこめられてしまうのであろうか。
 兵介を死の恐怖から解きはなってくれるのは、千世への恋ごころと、兵法稽古のみである。
▲UP

メニューへ


トップページへ