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<本文から> 稽古所の上段の間に坐っている石舟斎が、兵介を招いた。
「祖父様、叔父上、お早うござります」
兵介は歩み寄り、頭をさげる。
「うむ、兵介。お前は今日からいよいよ組太刀の稽古をいたせ。打太刀は、又右衛門がいたしてくれよう。まず三学円の太刀五本の一本目、一刀両段より、便太刀の使いようを学べ」
兵介は緊張した顔つきで答えた。
「承知つかまつりました」
三学とは兵法の戒、定、慧を意味し、円は新陰流独得の転の意をこめている。
一刀両段、新釘載鉄、半開半向、右旋左転、長短一味の五本の太刀は、上泉伊勢守が新陰流の極意の一切はそのうちにあるとして編みだした、すべての太刀技の基本となるものであった。
兵介はすでに組太刀の型としての三学円の太刀を、又右衛門、久三郎に教わって知っていたが、正式の稽古となれば真剣をとっての試合と同様の気塊と、迅速で正確な太刀使いがもとめられる。
「では参るぞ」
又右衛門が三尺三寸のしないを持って板敷の中央へ出た。
兵介は二尺八寸の子供の使うしないで五間の遠間に立って、相対した。石舟斎と厳勝は、息をひそめて一見守る。
兵介は太刀を無形の位に臍下にとり、右足を一歩まっすぐうしろへ引き、足先をひらいた。
「うむ、ええ呼吸じゃ」
石舟斎がうなずいた。
兵介の右偏え身(半身)の構えは、正確に相手にむかっている。まえに出した左足のおやゆびは、打太刀にまっすぐむかい、自らの体の中心線である人中路を踏んでいる。
彼は同時にまっすぐ臍下に下げたしないをうしろへまわし、右腰のまうしろにつけた。刃を下向きにした車の構えである。(脇構えともいう)
「兵介、いますこし腰を沈め前に重みをかけよ。懸待表裏一隅を守らずと申しての。気持は敵にかかり、待ちは待ちにあらずじゃ。先で打ちかかる気持で待っておるのじゃ」
打太刀の又右衛門は八相にしないを構え、便太刀の車の構えの左肩口に狙いをつける。
兵介の両眼は火を点じたようにかがやいていた。 |
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