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<本文から>
五十九歳になっていたが、外見は五十過ぎにしか見えぬ若々しさで、柔道の高段者にふさわしい練りあげた筋肉は、さほどの衰えを見せていなかった。
事故というものは、偶発するものではなく、やはり運命で定められて起るものかもしれない。この日の午前中、白浜の白長浜海水浴場には土用波が打ちよせていて、サーフィンを試みる若者が群れていたという。
白い越中祥を垂らして、浅い海辺に立っていたあのときのように、この日の朝も、清健は汀に佇んで、社員たちが波と戯れ遊ぶ様子を眺めていたのであろう。急に大波が頭上から崩れかかってきて、彼は不運にも水圧で鼓膜を破られた。内耳に浸入してきた海水が三半規管を傷め、平衡感覚を失った彼は横倒しになったまま助けを呼ぶこともできず、膝頭までの深さもない海中で溺れ死んだ。傍にいた大勢の人間が、誰も気付かぬうちに起った椿事であ
った。
私は清健が海が好きでないことを知っていた。彼は、潮騒を聞くのをことのほか嫌っていた。 |
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