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<本文から> 男が体ごと岡野に突きあたり、岡野が短く坤いた。造酒の右手が無意識に動いた。男の右頸へ気合をこめた手刀が打ちこまれ、気を失った男があおむけに倒れる。
造酒は男の右足首を、鉄扇で一撃した。覚醒した男は悲鳴をあげ、逃げようとしたが、足が折れているので動けない。
造酒はもがく男をふりむきもせず、岡野を抱きおこそうとして顔色を変えた。岡野は両手で脇腹をおさえている。指のあいだに汚れた木片のようなものが見えた。
岡野の着物のあわせめから滝のように血が溢れ出た。木片のようなものは、ヒ首の柄であった。
「こんな若造にやられたのか」
岡野の傷口におしあてた手拭いは、血で、見る間に水に漬けたようになってくる。
「しっかりしろ、岡野。眠ってはならぬぞ」
血の気のひいた岡野の顔を手のひらで叩くが、ふかくヒ首でえぐられた一撃で岡野はこときれていた。
不意の出来事におどろいた旅人が七、八人集まってきて叫んだ。
「医者だ、医者だ」
「お宮から誰か呼んでこい」
「お侍さま、村役人を連れて参りましょうか」
造酒は茫然として、動かない岡野を見下ろしていたが、足を折られた若い男が這いながら逃げようとするのを見ると、気合と止塙に、左足首も鉄扇で打ち折った。 |
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