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<本文から> 「私の留守中にマンが結婚したキャサリンのことだが」
万次郎ははにかむ。
「わえはハナロロでキャプテンにそのことを手紙でお知らせしゆうと思うちょったが、はずかしゅうて書きそびれたんですらあ」
ホイットフィールドはうなずき、しばらく黙っていた。
「キャサリンに何ぞあったがか。今日来ちょらんのは、病気ですろうか」
ネィットフィールドはうつむき、頭を振った。
「いや、そうじゃない。彼女はこの世からいなくなったんだ。つい先月のことだ。鱒の漁に出て、船のうえからいなくなってしまったんだよ」
万次郎は全身を殴りつけられたような衝撃に、顔をゆがめた。
「え−つ。そりや何ちゅうことですろうか。キャサリンはおらんがか。どこへいきようたんかのう」
ホイットフィールドは無言でうなずく。
「そりや何じゃねや。分らんがや」
ホイットフィールドの腕をつかんで叫ぶ万次郎の声に、会計事務所にいる人々の視線が集まった。小声でささやく者がいた。
「かわいそうに。マンはいなくなったキヤサリンの亭主さ」
ホイットフィールドは万次郎を見すえていう。
「おちつくんだ、ジョン・マン。人はどのような運命にも耐えていかねばならない。つらいときは神におすがりするんだよ」
万次郎は燃える眼差しをむけ、押えた声音で聞いた。
「わかったですらあ、キャプテン。何事か起ったか、教せとうぜ」
「うん、先月二週めの土曜日の朝は曇っていたが南風が吹き、海は静かだった。キャサリンと父親のジムは早朝からウエスト・アイランドの沖へ鱒漁にいっていた。豊漁で、鱒はいくらでも網にかかったそうだ。ジムが船倉へ獲物をはこび、船上へ戻るとキャサリンがいなかった。呼んでみたがどこにもいない。必死で探したあげく海へ飛びこんだが深くて底にはとても潜れない。ながく潜ると冷たくて心臓麻痺をおこす」
万次郎はホイットフィールドの上衣のボタンを見つめ、聞いていた。
思いがけないことが起ったのだと考えても、嘘のように思える。全身のカがぬけ、みぞおちの辺りがだるいが、彼は平静をとりもどし、ホイットフィールドの言葉をひとごとのように開く。
「結局、キャサリンはいままで行方不明だ。マンには気の毒だがあの辺りの海に落ちた人は浮きあがらないことが多いんだ。海草がたくさん流れているので、からまってしまうんだよ。キャサリンは何かのショックを受けた状態で海へ落ち、声もあげず沈んだのかも知れない」
万次郎は突然、身内を針で刺されたような苦痛に飛びあがる。 |
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