津本陽著書
ここに付箋ここに付箋・・・
          刃閃の刻

■極意に達するか否かは、剛胆か臆病か

<本文から>
父上、心の下作りとは、何でございますか?」
 兵介に聞かれ、厳勝は口をひらく。
「それは大刀を持った敵に小刀で掛かるのは誰しもおそろしい。そのため、小転の技を使うまえに、敵に向こうて立ち、敵をひと握りはどの小人じゃと思いこなす。そのうえで、敵の心中のうごきを見通す『観の眼』でかかるのじゃ。この心性をこしらえ思いこむことを、心の下作りというのじゃ」
 厳勝は息子たちの顔をのぞきとみ、言葉を継ぐ。
「敵が先をとって斬って掛かってくるとき、相懸けの合撃で掛かってくるとき、いきおいに押されれば、どうしても右へ身をひらいて避けとうなるものや」
 厳勝は小太刀をとり、片手中段に構えてみせる。
「敵が踏みこんで斬りかかってくるとき、その動きに合しこんで、まっすぐに己が人中路を斬れば、己が太刀先は峰から谷へ落ちるがとく敵の人中路に当たる。ところが敵味方が同時に打ちこむ合撃に際し、もしこちらがひるんで、敵の太刀が己が手に当たらぬよう右へ身を避ければどうなる。かえって己が太刀は敵に当たらぬままに、己が身は斬られることになる。我を塞ぐという言葉は当流の極意やが、それは危ぶむ心、妄想をすべて己が内より取り去るということや。我を塞いで仕掛けた太刀先は敵に当たる。己が勇気をみがけぼ、敵はこちらの思うがままに従うてくる。心の下作りができればいかなる敵にもめったに負けはせんのや」
 兵介は兵法者にとって勇気がいかに必要なものであるかを知らされた。
 彼は稽古所正面の上段の間に掲げられている石舟斎の詠んだ道歌を思い浮かべる。
 兵法の奥より奥のならいこそ
  ただ剛臆の二つなりけり
 兵法の根本をつきつめていけば、極意に達するか否かは、剛胆か臆病かの二つの条件によって左右されるのみというのである。
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■矢来との勝負に勝つ

<本文から>  
 矢来に追いつめられた松右衛門が、矢柄の正面からの打ちこみと同時に、おおきく踏みこんで相懸けの冴えた手のうちをあらわし、棒を下からはねあげた。
 腰をぶざまに浮かせた矢柄が、棒をとりなおそうとした手もとに、松右衛門の十文字打ちの太刀が走った。
 矢柄は棒を振りあげかけたが、取り落とした。
 「挙が砕けたな。松右衛門、ようやったぞ」
 又右衛門が、高声に口走った。
 彼は血の気を失い立ちすくんだ矢柄の傍に、弟子たちが駆け寄るのを見ると、肩をいからせ木戸に手をかけ、押しあける。
 「兵介、儂のうしろにしかとついて参れ」
 兵介は又右衛門について矢来のうちへはいった。
 「汝らは何者じゃ。あっ、貴様は油屋の小伜じゃな」
 数人の弟子がまえに立ちふさがったが、又右衛門の足はとまらず、すれちがいざまに大刀の柄頭を一人のみぞおちに突きいれた。
 相手はもろくも悶絶し、うつぶせに倒れ伏す。
 「おのれ、狼籍いたすか」
 他の者が刀の柄に手をかけるよりはやく、又右衛門がスッパ抜いた。
 彼は鏡のように澄みわたる刀身を左手に構え、松右衛門と木猿のそばに歩み寄る。矢柄の弟子たちは威に押され、四人を遠巻きにするのみであった。彼らの半ばはすでに刀を抜いていた。
 松右衛門は、背負い袋に木太刀を納め、木猿からうけとった刀を腰に差す。又右衛門が近より、肩を叩いた。
「棒の打ちを凌いだ三つの外しは、冴えたものやったな。相手はどうやらこのまま帰してはくれぬようじや。早う口上をいたさねば、辺りがやかましゅうなっては声が通るまい」
 彼は辺りをはばからない声音でいい、地面に坐りこみ、手当てをうけている矢柄を見た。
「心得てござる」
 松右衛門が左手を鍔もとにかけ、刀に反りをうたせ進みでた。
「根岸矢柄殿にもの申す。こたびは試合のお相手を願い、尋常なるご進退かたじけのうどぎった。拙者いままで鬼迅流をたしなむ油売りの松右衛門と名乗りしが、実の名は大野松右衛門と申し、大和柳生の庄、柳生但馬入道石舟斎の家来にて、多年新陰流を学ぶ者にてござる。かねてご貴殿より新陰流へ試合御所望との高札を、三条河原に立てられしが、このたびこの場にて、貴流と当流の勝負はきまりたるものと、ご得心召されよ」
 矢柄をとりまく群衆が、いっせいに足を踏みならし、叫びたて、手を叩く。
 「やっぱり柳生の弟子殿か。さすがよなあ」
 「新陰流のおそろしさよ。海内随一の兵法を見て、眼の法楽じゃ」
 「人斬り矢柄も、運が尽きたか」
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