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<本文から>
幸右衛門は、於菟松を連れて荒谷村へ戻る途中、歓喜が胸にこみあげ、眼尻ににじむ涙を幾度となく拭いた。
(於菟はやはり、儂の思うた通りの偉材であった。於菟の器量をこうして見きわめたからには、孤雲殿の言う通り、江戸へ出してやらねばなるまい)
幸右衛門は、田畑、屋敷を売り払ってでも江戸へ出ようと、思いつめていた。
「於菟松、どうじゃな。勝ちいくさの気分は」
幸右衛門は、ならんで歩む於菟松に問いかける。
「そうだなっす。甘んず、夢のようだなっす」
「うむ、夢のようか。胆のふとい奴じゃな、お前は。仙台家中の子弟より、撰りぬいた百二十人のうちで、第一等の剣士の栄えをうけたのに、うれしくはないのか」
「うれしいっちゃ、父さん。俺の腕で、よく勝てたものだなっす」
於菟松は、歩きながら試合の経過をくりかえし思いだしていた。
彼は試合での優勝を、幸右衛門ほどにはよろこんでいなかった。自分の立ち合いの細部を検討してみると、相手が拙劣な試合はこびをしたのにすくわれて勝ったと思える場合が多い。
理詰めの剣で相手を追いつめ、勝つべくして勝った試合でなければだめだと、於菟松は考えていた。
偶然に勝ちを拾っても、わが力備の冴えによるものではない。真剣勝負をおこなうとき偶然に頼るあやふやな剣法では命を全うできない。
(俺はこんどの試合じゃ、勝ちを拾えたが、こんなことではよろこべねえ。もっとたしか な剣さばきを、身につけにゃ、いがね)
於菟松は、大勝をよろこぶよりも、むしろ、自戒のおもいをつよめていた。
幸右衛門は、菅笠のしたで沈着な表情をみせる於菟松をみて、やはりただものではないと考える。
(この子は、勝っておごらぬのが頼もしいぞ。技芸は慢心いたさぬうちは上り坂じゃというが、草深きいなかより出て、仙台という大邑に気遅れもせず、勝ちを得ても平素とかわらぬ顔つきじゃ。於菟は儂よりうわてじゃな)
幸右衛門は、うれしさをかくせない。
荒谷村に近づくにつれ、思わず足どりがはやくなる。 |
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