津本陽著書
ここに付箋ここに付箋・・・
          鉄砲無頼伝

■雑賀衆や根来衆と密接な種子島で鉄砲を手に入れる

<本文から>
 淡路島と紀州雑賀の浜とのあいだの水道には藍碧の海波が北東風に吹かれ、皺をきざんでいる。
 飛魚が海面をこするように飛び去り、ハマチがはねる。
(しばらく、和歌の海ともお別れじゃ)
 監物は舷側の垣立にもたれ、はるかな葛城山から加太岬へつらなる山なみへ眼をやる。鼻さきに赤トンボが一匹、海風にさからい浮かんでいた。
 監物は大明へ渡るのではない。種子島へゆくのである。種子島は大隅の南端から七里はなれた海上にある。
 紀州と種子島の緑は、ふるくからつながっていた。紀北から紀南へかけての海岸線は、鋸の歯のようなリアス式の凹凸がつらなり、良港が多い。
 海岸の住民は船をあやつり、漁撈、交易をふるくからおこなってきた。熊野海賊、湯浅衆、雑賀衆はいずれも交易により、莫大な収益を得ており、その裏付けによって強大な武力を養っている。
 彼らは秋の短い日数のあいだに吹きつのる季節風を利用し、黒潮に乗って南下すれば、途中で高知へ寄港するだけで、種子島へは四、五日の日数で到着できるのを、いつの頃からか知った。
 種子島は、明国、琉球からの交易の中継点であった。根来衆、雑賀衆は、種子島で異国の文物に触れ、交易をおこなうようになる。
 雑賀衆と根来衆が、とりわけ密接に種子島との交流を保っていたのは、ふるくから砂鉄製錬についての技法を、学んでいたからである。
 種子島と紀州の紀ノ川筋、能野川筋では、砂鉄が豊富にとれるという共通の条件があった。
 紀ノ川筋では古代の神事儀礼にも形をとどめているほど、古代製鉄の歴史が長かった。
 古代製鉄の砂鉄の採掘は露天掘りであったが、中途から比重選鉱法にかわった。すなわち採掘場の上方に貯水池を掘り、その水を一気に流し、採鉱した花崗岩を押し流すのである。
 山走りと称する急傾斜の水路を落下する岩石は、土石と砂鉄とに砕け、重い砂鉄は水路の下方に設けられた階段状の沈積池に沈み、土石だけが下流に流れ去る。
 これを鉄穴流しといい、はじめは種子島でおこなわれていたものである。
 紀州雑賀、根来から種子島へ交易に出向いた者がそのさまを見ておどろく。
 紀州では、砂鉄を採取するのに、露天掘りである「鉄穴掘り」をおこなうのみであった。
 種子島では、砂鉄を製錬するのにも、古来からの露天でおこなうものはなく、家屋を構築し、炉を設ける方式をとっていた。
▲UP

■監物は鉄砲の要領をすぐに覚える

<本文から>
「おそれいってござりまする」
 時尭は小姓に命じ、六匁玉簡を持ってこさせ、監物をうながした。
「さ、この前庭にて一発お放ち召され。なに、ためらうことはない。撃ちならわせば、なにはどのこともなく扱えるようになる」
 監物は進み出て、鉄砲を小姓から受けとり、庭へ下りた。
 小姓が傍へ寄り、?杖を用いて玉薬と鉛玉を筒口から詰める手順を、監物に教えた。
 時堯が殿上から声をかける。
「さて、玉薬と鉛玉を詰め、?杖で押しこむとき、筒のうちをのぞきこむのは悪しゅうござる。不意にはじけ、顔を怪我することもござるのじゃ」
 監物は弾丸込めを終え、重い六匁玉筒をとりあげる。
「かように構え、台尻を頬にあて、前目当と中日当を通して的を見るのでござる」
 武芸の達者である監物は、鉄砲放ちの要領を、すぐに覚えこんだ。
 前庭の奥手に巨大な庭石があり、そのまえに白木の的が立っていた。
 監物は火挟みに火縄をほさみこみ、狙いをつける。引金をひくと、彼は台尻でつよく頬をはじかれ、尻もちをついた。
 笑声があがったが、時亮は立ちあがり高声に告げた。
 「見事じゃ。弾丸は的を撃ち砕いてござるぞ」
 監物は三十間先の的を茫然と見る。白木の的はあとかたもなくなっていた。
▲UP

■鉄砲の威力

<本文から>
 五十人の鉄砲衆が堤へ進出するのに、四半刻(三十分)もかからなかった。
「今度は味方の先手衆が川を渡るのを護ってやらんならん」
 監物は部下を指揮して、河原に散開させた。
「居放しの構えで撃ちやれ。皆、組頭の指図通りに動くのや。ええか、勝手なまねはするなよ」
 五十挺がかわるがわる火を吐くと、敵は怯え近寄ってこない。
 監物は味方が集結した後方の堤に小旗を振って、水際を完全に確保したと知らせる。
 僧兵たちが小船に押しあって乗りこみ、続々と紀ノ川を渡ってきた。
「大分来たようじゃな」
「うむ、もう三百か、いや四百近う来たやろう」
 僧兵の群れは槍薙刀を輝かせ、楯を担いで堤にあがり、陣を敷く。
 枯葦が踏み散らされた堤にほ、怪我で動けなくなった敵兵が、降参して手当てを受けていた。
「監物はん、鉄砲で腹撃たれたら、助からんやろのう」
 僧兵のひとりが聞く。
 彼は眉をひそめ、腸のはみでた敵兵が戸板に乗せられ、運ばれてゆくのを見ている。
「うむ、鉛弾は腹のなかで舞うさかい、傷は深いよ」
 僧兵は声もなくうなずく。
▲UP

メニューへ


トップページへ