|
<本文から> その日から弥助の頭は常に剣術の工夫ばかりを考えるようになる。彼は夜の浜辺でお里に熱をこめて剣術の妙味を語った。
「お里、儂のような文字も読めん情ない阿呆が、剣術では余人にすぐれた腕をもてるようになると、三九郎様がおっしゃって下さるんじゃ。なぜじゃろうかいね。儂は剣術がおもしろうてたまらんようになったちゃ」
お里はいつくしみをこめた声音で、つぶやく。
「あんたは剣術がそんなに好きけ。そんなら三九郎様の家来になって、みっちりと教えていただけばいいっちゃ」
「ほう、お里はそれでもいいのかや。儂がござ屋にならずに、若党になってもええのか」
お里は楽しげに笑声を洩らした。
「ええがに、私はそうなりや若党どんの女房になるんじゃもの」
「ほんまかお里、お前は、ええ女子じゃなあ。儂の気持を、よう分ってくれるっちゃ」
弥助は砂浜に立ちはだかり、木切れをひろって左上段に構え、打ちこみをしてみせる。
「三九郎様は、儂の面打ちはことのほか早いというて下さる。こう青眼に構えたまままっすぐつっこんでゆく追いこみ面も、伸びがええので、稽古してもっと上達するよう心掛けよと、いうておいでじゃね。儂のような愚者でも能はあるものだちゃ」
弥助は棒を青眼にとり、右足で踏みきって追いこみ面をとる技をも、お里にみせた。 |
|