津本陽著書
ここに付箋ここに付箋・・・
          新釈水滸伝・下

■晃蓋は首領の座、宋江は第二の座

<本文から>
 一行が梁山泊へ帰る途中、黄門山というところにさしかかると、四、五百人の子分を率いた四人の好漢が、仲間に加わった。
彼らは晃蓋、李達、花栄たちが宋江、戴宗を助けるために、江州、無為軍であばれまわった噂を聞き、梁山泊へ向おうと望んだのである。
四人の頭領の第一は欧鵬である。もとは大江(揚子江)の警備にあたる軍卒であったが、上官に反抗し盗賊となって、摩雲金翅という渾名を持つようになった。
第二は蒋敬である。科挙の試験に落第して賊徒になった。武勇にもすぐれているが、算数に秀で咋榊算子という異名を得た。
第三は馬麟である。もとは博徒で、笛が巧みで薙刀の名人である。鉄笛仙と呼はれ、百人と斬りあっても負けたことがない。
第四は陶宗旺。九尾亀と渾名のついた、百姓あがりの豪傑である。
一行は無事に金沙灘を渡り、山寨に戻ってきた。
山寨では香が焚かれ、祝いの酒が汲みかわされた。好漢たちが全員衆義庁に到着すると、晃蓋が宋江にすすめた。
「第一の席について下さい」
「なにをおっしゃるのですか。この宋江はあんたがたに助けられたのだ。どうして山寨のあるじになれよう。私より十歳年上のあんたが第一席につくべきだ」
 晃蓋はすすめられ、首領の座についた。
 宋江は第二、呉学究が第三、公孫勝が第四の席につく。
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■宋江への啓示

<本文から>
「どうぞ、おこし下さいませ」
 童女が、女神に奏上する声がした。
「宋星主さまをお連れいたしました」
 宋江は童女に導かれ、殿上に昇ったが、なぜか鳥肌が立ち、身ぶるいがとまらず、頭髪が逆立った。
 彼は滝と鳳凰を彫った敷石のうえに立ちすくみ、平伏した。
「私は濁世の庶民で、尊いあなたさまにはじめてお目通りいたします。どうかあわれみを垂れて下さいませ」
 簾のなかから、女神が答えた。
「宋星主。お坐りなさい」
 宋江は錦を張った椅子をすすめられ、坐った。また声がひびいた。
「簾をあげよ」
 童女たちが、朱の簾をあげて金の鈎でとめた。女神が宋江に話しかけた。
「星主、別れてのち、つつがなくお暮らしでしたか」
 宋江は身をおこし、再拝する。
「私のような者が、女神さまを拝むのはおそれ多いことです」
 女神は鈴を振るような声でいう。
 「星主がここへこられたからには、なんのご遠慮もいりません」
 宋江はようやく頭をあげ、金碧に照りはえる殿上を見渡した。
 龍灯鳳燭の光りがかがやき、両側には青衣の童女たちが筍を持ち、珠を捧げ、族旗を立て、扇を持って立ち並んでいる。
 正面の七宝九龍の玉座には、女神がいた。その姿を見れば、
 「身に金縷絳?の衣をうがち、手に白玉圭璋(飾玉)の器をささぐ。顔は蓮のうてなのごとく、天然の眉目、正大なる仙容は描けどもならず」
 という美麗をきわめた容姿であった。
 宋江は童女に玉杯を渡され、花模様の金瓶から洒を注がれた。
 宋江はひざまずいて飲みほす。
 酒はフク郁とした香りをただよわせ、醍醐(ヨーグルト)を身に浴び、甘露に心をすすがれたような気分であった。
 童女が一盤の棗をすすめ、宋江は一個をとって食う。女神にすすめられるまま、三杯の酒を飲み、三個の棗を食うと、宋江は酔ってきたので、再拝していった。
 「充分に頂戴いたしました。このうえはいただけません」
 女神は童女に命じた。
 「星主に、天書三巻を与えよ」
 童女が屏風の裏から玉盤を捧げてきて、のせていた黄絹のふくさをひらき、三巻の天書を宋江に渡した。
 女神は告げた。
「この天書を宋星主に授けます。天にかわり道をおこない、忠をつくし義をおこない、国政を輔け人民を安んじ、邪を去り正に帰せよ。これを他人に洩らしてはならない」
 女神はかさねていう。
「玉帝は、星主が魔心をまだ断つことができず、おこないもさだまっていないため、罰としてしばらく下界に置かれるでしょう。やがて紫府(天宮)にお招き下さいますが、怠けてはいけません。もし罪を犯しホウ都(冥府)に落されるときは、私も救うことができない。この三巻を熟読しなさい。この書は天機星(智多星の呉用)に見せてもいいが、その他の者に見せてはいけません。功成ったのちは焼きすて、世に残してはならない。私の言葉を忘れないように。いまは天上と凡俗に分れているので、このうえはひきとめられません。早くお帰り」
 宋江は女神に礼をのべ、童女に導かれ宮殿を出て、石橋のところへきた。
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■好漢たちは悪を懲らし弱者を助けた

<本文から>
 このようにして、ソラに散らばる星のように、天下に散在する好漢たちが、ふしぎな天運に操られ、思いがけない事件をきっかけとして、因縁の糸をたどって出会い、梁山泊に引き寄せられてゆく。
 東京はひとり栄え、徽宗皇帝は栄華をほしいままにし、高太尉ら権臣は自らの貪欲にまかせ政治を壟断していた。腐敗した官吏は賄賂をむさぼり、私利をはかるために人民の膏血を絞り、無実の罪につきおとすことも辞さない。
 好漢たちはいずれも悪人とのかかわりによって平穏な生活から追いやられ、あるいはやむをえない事情で法を冒した。
 彼らは悪を懲らし、さいなまれる弱者を助けるために、命を惜しまない。ひたすら名を惜しみ、財宝をうとんじ、悪政にさからうために徒党を組み、やがて天に撰ばれた百八人の天兵が結集するに至る。
 好漢たちが因縁の糸に引かれてゆく先は、神意を身にうけた宋江の待つ梁山泊であった。
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