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<本文から> 高キュウは片隅にひかえていたが、端王の蹴った壇が、彼の前へ転がって来た。高キュウはとっさにエンオウカイという術を使い、端王のもとへ蹴返した。
端王は目を見はった。
「なんと巧みな術を使う男だ。お前は誰だ」
高価は、ひざまずいてこたえた。
「私は、王都尉に近侍する者でございます」
端王は高キュウがひざまずき、玉の細工物を奉呈すると、それをひと目見ただけで近習に渡 した。高価は洪手の礼をする。端王はたずねた。
「そのほうの蹴毯の技は、ただものとは思えないあざやかなものであった。名はなんと申すのだ」
「高キュウでございます」
「そのほう、もういちど毯を蹴ってみよ」
「私ごとき者が、そのような不遜のふるまいはできません」
「かまわぬ。この仲間は、斉雲社の天下円という者だ。遠慮はいらぬ。蹴ってみろ」
高キュウは叩頭して無礼を詫びつつ、身支度をした。
斉雲社というのは、宋代に名高い蹴毯のグループである。高価は内心で、天下円か誰か は知らないが、自分の技にまさる巧技をあらわす者はいないと、自負している。
高キュウは遠慮ぶかい様子をつくろい、二、三度毯を蹴った。毯は生きもののように高価の 足先に操られた。
「水際立った芸ではないか。そのほうの知るかぎりの技を使ってみよ」
「それでは僭越ながら、ご披露申しあげます」
高キュウは、余人の及びえない高度な蹴毯の神髄ともいうべき技を、つづけざまに繰りだし た。
毯はどのように蹴られても、高キュウの体に膠で貼りつけられているかのように離れなかっ た。端王は感嘆してやまず、その夜は高価を御所に泊め、翌日王晋卿を酒宴に招いて頼んだ。
「高キュウを私の近習に使いたいのだが。あの者の蹴毯の技は、神業というべきだろう」
王晋卿ほ承知した。
高キュウは端王の近習になると、御所に一室を与えられ、常に影のようにつきそい勤仕するようになった。それからふた月もたたないうちに、哲宗皇帝が崩御したので、端王が帝位を嗣ぎ、徽宗皇帝となった。高キュウは大宋帝国皇帝の側近である。 |
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