津本陽著書
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          新撰組烈士伝

■江戸時代の近藤勇の剣法

<本文から>
 勝太は四度、五度とほげしく素振りをくれたのち、原田と向いあい一礼する。
 「勝負一本、ご無汎わかまつる」
 いうなり勝太は剣尖を原田の左小手にむける、平青眼の構えとなった。
 原田も平青眼となった。
 竹刀の勝負なら、巧者の原田に放けるかも知れないが、木刀での殺しあいなら、死ぬまでやってやると、膠太ほ気晩を身内にみなぎらせていた。
 打たれれば打ちかえす。試衛館へきて五年間鍛えた打ちこみは、一撃で相手の筋骨を砕く破壊力を秘めていた。
 「そりやああ−っ」
 勝太が道場の四壁を震撼させる気合をはなった。
 軍鶏が全身の羽毛を逆立てたように、爪先をたてた勝太は闘志にもえあがった。
 自分にむかっている原田の木刀の、するどく尖った切先が眼にはいらなくなった。
 気合において、原田を圧倒したのである。
 「どっこい」
 原田が身軽く足を前後させ勝太を誘おうとしたとき、勝太が甘んじて誘いにのって攻撃を爆発させた。
 表、裏、表と胸施狙っての三段突きから、躍りあがって脳天につづけさまに二度打ちこむ。後の先の技をかえす余裕もなく、かろうじて攻めを防いだ原田の右頼に、剣尖でかすられた血の筋が走った。
 勝太の攻撃はとまらない。
 「面、面、面なりい」
 つづけさまに打ちおろす木刀が、必死にうけとめる原田の木刀を、いまにも折りかねないいきおいで強打する。
 巨体の原田ほ、体当りで勝太を倒そうとするが、息つく暇もない攻撃に、後退また後退を重ねるのみである。
 左右横面から車にまわしての左右袈裟打ち。雨あられの攻めを、原田はかろうじて凌いだ。ようやく左右にわかれたとき、原田の両腕の皮膚ほ裂け、黒血がにじんでいた。
 「やっさあっ一っ」
 勝太はふたたび間合を詰めてゆく。
 原田が憤怒に顔を充血させ、床板を配って飛びかかってきた。
 勝太は退いて原田に空を斬らせ、むかいあう。
 道場にいあわせた門弟たちは、総立ちになっていた。木刀を唸らせての容赦ない打ちこみをみて、ふたりの立ちあいが組太刀稽古ではなく、命賭けの試合であると気づいたのである。
「址池なけりや、たいへんなことになるぞ」
 古参の門弟が、ふたりのあいだに分けいろうとしたが、原田が怒号とともにつきとばした。
 ちゆうさい
 「仲裁無用だ。じゃまする者は血をみるぞ」
 続けておれば、どちらかが死ぬことになった試合を中断させたのは、急用ができて予定よりもほやく戻ってきた、近藤周助であった。
 そのときの試合について、原田は島崎にもらした。}
 「勝太は真剣の立ちあいにつよい男だという、老先生のお言葉は、嘘じゃなかったぜ。なにしろ竹刀の試合のときとほ、人が変ったような気合のかけようだ。俺はじりじりと押されっぱなしで、体じゅうが汗でびしょ濡れになっちまったぜ。勝大の眼は、ありやあ、蛇の目だな」
 後年、京都池田屋の斬りこみで剣名をあげた近藤勇の剣法は、すでにそのときから出来あがっていたわけである。
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