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<本文から> 私は、標高百九十九メートル、比高百五メートルの安土山上に、湖東平野を睥睨して立っていた、七層六階のこの世のものと思えないきらびやかで異形の天主を、まだ中世の心根が強く残る農民たちがどう見ていたかと想像する。
多分、農民だけでなく、武士たちでさえも、この城を奇怪極まりない魔王の棲まうところと見ていたのではないか。
安土城炎上とともに、天下を睥睨するがごとく中空にそびえていた魔王の棲む城は焼け落ち、諸人みな、何か憑きものが落ちたように心の平穏を取り戻したのではなかろうか。
そんなことを想像させるほど、安土城は日本城郭史にあって類似のものが、先にはもちろん、あとにも存在しない特異な城であった。信長という人物が、その前後数百年にわたって比肩するものもいない革命児、非常識人であることと安土城の異形ぶりとはまさに重なっている。 |
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