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<本文から>
【津本】 やっぱり小さいときから、生きるか、死ぬかの修羅場を何度も見ていたんだと思いますよ。十三歳で元服して、三河の大浜というところへ出陣しているんですよ。そのときも非常に勇敢だったと書かれています。だから、人が首を斬られたり、槍で刺されたりとか、そんなのをいっぱい見ていたのだろうと思いますね。夜中に陣屋のなかへ敵の忍びが飛び込んできたりというようなこともあったんだろうと思いますね。普通の人間は、それを経験として蓄積しない場合もあるんですけれども、信長の場合はそれをものすごく頭のなかで増幅させて、自分なりの死生観というものをつくつていったのではないかと思います。
【板倉】 それはあまり学問をしなかったということとも関係ありますか。
【津本】 あると思いますね。
【板倉】 『論語』なんか読んでいたら、あのような型破りの人間になりませんよね。そういうことと関係なく、自分の世界をわあっとつくつていったんですね。自分の生まれ育った環境のなかで、そういうものが形成されていったんですね。その脳がおもしろいなと私は思うんです。自分の経験を増幅させて頭のなかに蓄積させたというのがおもしろいですね。
きっと子ども心にかなり強い恐怖心を待ったのでしょぅね。それで、いつまでも忘れない記憶として残ったのでしょう。これは情動記憶といって、喜怒哀楽に関係する記憶で、扁桃核と呼ばれるところに蓄積されます(28ページ図表1−3参照)。特に脳によく残る記憶といえます。扁桃核を実験的に切除するとこの情動記憶が残らないという研究があります
(図表1−2参照)。
信長は、扁桃核に残るような強烈な体験をし、それが一生一貫して持ちつづけた死生観や哲学のようなものになったのでしょうね。
それと、あまり勉強せずに独創性を養っていたというのもおもしろい点ですね。
【津本】 勉強しないほうがオリジナリティーが出てくる。日本経済のためには、これからはあまり受験勉強とかしないほうがいいということがあるかもしれませんね。
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