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<本文から> 重位はその夜、鈍吉和尚にすすめられるまま、善吉をたずねることにした。鈍吉ははげました。
「自顕流のことは、私に聞き及んだといえばよかろう。善吉は他人には自らの兵法をふかく秘しておるが、私にはすべてをうちあけておる。出家の師弟は、婆婆の父子にひとしいのだ。私はそなたの豪傑勇猛の質にすこぶる感動し、覚えず秘事をもらしたまでじゃ。善吉が怒るはずはなかろう」
重位は善吉の寮にゆき、廊下に坐してうやうやしくおとなった。
「ご免なった申んせ。善吉殿はおじゃんそかい」
「おう」とこたえる声がして、障子があいた。重位は手をついて、丁重に挨拶をした。
「拙者は島津の侍臣、東郷重位と申す者でごわす。当寺の鈍吉和尚殿にはかねがね見知りおかれ、この日頃看経所において座禅をいたさせて頂きおる者に、ござい申す」
善吉はおちついた視線をむけ、侍言葉でこたえた。
「丁寧なご挨拶、いたみいる。して尊台には、いかなるご用むきにて参られしか」
重位はぬかりなく答えた。
「しからば、鈍吉殿よりかねがね貴殿の利発のお噂など、承っており申したれば、今宵ご閑暇あれば四方山の話などいたしたく、押しかけて参りし次第でござい申す」
善吉はうなずき、重位を自室へ招いた。
白衣を身ぎれいに着澄ました善吉は、徳利をさしだした。
「酒はたしなまれるか。さかなは蒸し麦しかないが」
重位は椀に注がれた酒のにおいをかぎ、莞爾と笑っていう。
「これは上酒じゃ。馳走でござい申すな」
善吉も笑みかえし、たがいのあいだになごやかな気配が流れた。
重位は善吉に問われるまま、自らの出自についてくわしく告げた。善吉は黙したまま耳をかたむけ、木椀の酒をときおりふくんでいる。 |
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