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<本文から>
平蔵はその頃から無事安穏な道を歩めない性格であった。
いま楽隠居の生活にいて、どうしても飽きたりない気持に押されるのは、彼の胸裡に眠っている野性の血が、騒ぎはじめたのである。
勝負師の根性が、彼に語りかけてやまない。
「やれ、平蔵。思いきって、いままで積みかさねてきた人生の経験をいかして、相場の世界で、あばれてやれ」
儂の見通しは当っている。絶対に失敗することはない。公共投資株は、政府の尻押しでかならず業況が好転する。
いまから、ひそかに種玉を拾いあつめ、業績好転の時期に、一気に噴きあげさせるのや。一年か、二年がかりでやれば、失敗することなど、あるはずがない。世間の人が地味なセメント株など、値あがりするはずもないと食指をうごかさないときに、思いきって買いに出るのや。
平蔵は、「満つれば欠くる」という原則を、思いうかべる。満ちた月は欠け、欠けた月はまた満ちてくる。株価もおなじことなのだ。
会社の運営に致命的な欠陥があるとか、証券市場の人気を陥没させる、戦争のような突発的な事態がおこるとか、特異な事情のない限り、売りこまれた株価は、かならず業況の回復にともなって戻ってくる。 |
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