|
<本文から> 久四郎は岩豊の言葉をさえぎる。
「像がなんで合戦を好きじゃ。いつなんどき婆叩いたすか分らぬ、一寸先の目途もつけられぬ日を送るには、女子を抱き、酒をくろうて憂さをはらすよりほかに、仕方もない。おのしらは、身の皮剥いでも博打をいたすであろうがや。儂らはいずれも命を捨てての身すぎをいたす、寄る辺もなき棄て小舶がようなものよ」
「朽木の御所さまが、はよう京にお戻りなされればええのやが」
「いまの御所さまに、さようなお力はなかろうよ」
久四郎は、公方御庭者ではあるが、将軍義時に忠節を立てつらぬくつもりはない。彼は、麻のように乱れた天下を巧みに泳ぎ、天下を統べる実力のある大将に出会えば、その配下につくつもりでいた。
−−儂は子供の時分から、父親の顔を知らぬ。母親は苦労をかさね、横尾寺悪僧らにもてあそばれたあげく、命までとられた。儂にしても、人買いから人買いへと売りわたされ、死んであたりまえと思えるほどの苦患のなかで、生きながらえてきたのや。儂が主人に仕えるのは、主人を食い殺すためや。いつかは、いままでの苦患の仕返しをしてやろうと思いつつ生きてきたが、その願いはいまも変らぬ−
久四郎は岩豊たちに、醒めた眼差しを向けた。
「話はこれまでや。儂はここなるお吉と寝ようほどに、おのしどもは引きとってくれ」
岩豊、兵衛次郎たちは笑みを発し、立ちあがった。
「お頭の腎気は並はずれていようほどに、お吉どのは腰をぬかさぬよう、気をつけるがよい」
久四郎は、お吉に肩を揺すぶられる。
「お前さま、冷えこみもきついほどに、いま一度湯風呂を浴びてのち、寝ようではないか え」
久四郎はほほえむが、言葉を返さない。
−−しばらくは、いまのままでいるより仕方がなかろう−
彼は無駄な死を迎えるような、愚かなふるまいはすまいと考えていた。できるだけ長く生きのびて、母親と彼に苛酷にすぎた過去の運命への仕返しをしなければならなかった。 |
|