津本陽著書
ここに付箋ここに付箋・・・
          黄金の天馬

■父の言葉から武芸者を志す

<本文から>
 腕組みして聞いていた源左衛門は、顔をあげた。
「よし、分かった。お前のやったことはまちごうてない。高島の家は商人の血筋でないさけ、無理ないわなあ。ほや、お前は、これからどうするつもりや」
 「百姓するよ、お父はん。俺は一生懸命に田畑作るよ。俺は何事にでも打ちこんでいきたいんや。作物相手なら、物いうこともいらん。わが力をいれたら、それだけの収種あるんやさけ、俺にはいちばん向いてるんや」
 源左衛門はうなずいた。
 「なるほど、気持ちはよう分かった。しかし、儂から見たら、お前の根性は、なみの百姓づれのものやないぞ。お前なあ、強い人間になりたいことはないか。武芸者みたいにのう、誰にも負けん猛者によ」
 隆之助は、突然耳にした言葉に心をゆりうごかされた。
 強い男。それは隆之助の胸のうち深く、埋もれている願望ではなかったか。天変地異のもたらす死の恐怖にも負けない、サムハラ様のような霊力に守られた強者が、年来の彼の理想像であったのだ。
 「なりたいよ、お父はん。俺は、誰よりも強い男になりたい。ほんまに、小っさいときから俺の願うことは、金剛不壊の力を持った男になることやったんや」
 「よし、ほや明日の朝から、体鍛えはじめよ。はじめはなあ、走ることや。どげな武芸でも、足腰弱かったら話にならんのや。まず第一に、足から鍛えていけ」
 「よっしゃ、そうするよ。明日から夜の明けんうちに、山に登って走るれえ。お父はん、そんなにしたら、俺はほんまに強うなるやろか」
 「おう、まちがいない。お前はひとかどの武芸者になれる性やと、儂は呪んでる。体は小っさいけど、相撲とらしても筋のええ取り口をみせるし、なによりも研究する心があるさけのう。いっそなるのなら、日本じゅうに名を轟かすほどの武芸者になるつもりで、体鍛えてみよ。ほいたら、力はいくらでも湧いてきて、おのずから自分の進む道はひらけてくるよ」
 源左衛門の言葉に、隆之助はふるいたった。強い男になれば、進む道はひらけてくるのだ。
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■戦場で弾道を見える不思議な能力

<本文から>
 敵は前にも横にも後ろにもいた。陣地は十字砲火の的にされていた。隆之助は地に伏せ、四方の形勢をうかがいながら、部下に的確な指示を与えていた。
 彼の頭脳は、危険に際して澄みきっていた。恐怖の念はまったくなく、相手の動きの微細なものまで読みとろうと、精神を集中していた。
 そのとき、硝煙に覆われた周囲から、彼にむかい、白い光がしきりに射してくるのに気づいた。彼は自分をめがけて飛んでくる光巴を反射的に避けながら、何だろうと考える。
 光は、耳もとを過ぎるとき、短い弦音のような、するどい響きを残した。
 「これは、至近弾の音だ。そうすると白い光は、俺をめがけて飛んでくる弾丸だ。俺には弾道が見えるのか」
 隆之助は、信じられない思いであった。
 白光は、左右から雨のように降りかかってくるが、彼は敏捷に避けた。
 この経験を、隆之助は誰にも語らなかった。他人に告げたところで、信じてくれるはずもない神秘である。
 彼は自分の体内に、人間のものではない能力がそなわっているのではないかと考え、それはやがて確信に変わった。
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■竜王大神の働き

<本文から>
 相手の限は、別段木銑の動きを語っているわけではない。練達者になれば、その視線は立ち合う者の眼に集中していて、突こうと狙う胸とか脇腹を見るわけではなかった。
 それにもかかわらず、隆之助には、相手が攻めてくる目標が、感じとれる。
「俺は、よっぽど銃剣術に向いてるんや」
 彼は、自分の身におこった不思議を、あたりまえのことと考えようとした。他人より、わずかに勘がすぐれているだけなのだと、納得した。
 しかし、戦場での体験は、ただごとではなかった。隆之助は、陣営での仮眠から覚めると、頭上にきらめく星座に眼をやり、深いもの思いに沈んだ。
「考えてみれば、ただごとではない。俺は十八歳になるまでは、腰抜けの弱虫やった。それがわずか一年間の鍛練で、衆にすぐれた体力の持ち主になれた。銃剣術が強うなったのも、俺の力ではなかったんや。あれは、西ノ谷の家の裏山に鎮座する、アメノムラクモサムハラ竜王大神のお働きであったのや。そうなればこそ、敵の射ってくる弾丸の弾道が見えたのや」
 俺にはサムハラ様が、守護霊として乗り移っているのかと、隆之助は感動に身内を揺りうごかされた。
 隆之助の入営にあたって、彼のおさないとき四書五経の手ほどきをしてくれた、地蔵寺の老師が、護摩を焚いてくれた。
 老和尚は、密教修法にしたがい法印を切り、隆之助に允許を与えてくれた。
 「これで、お前の体のなかにも明王部首位の大元帥明王が、守護神として霊移して下さったぞ」
 千里眼の霊力をそなえた老和尚の言葉を、隆之助は、思いだした。
 「俺には、神の力がついている。とすれば、天下に敵のない無双の勇者になれるかもしれない。やはり、俺の運命はふつうのものではない。俺は神にえらばれた者だ」
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■北海道への移住計画

<本文から>
 源左衛門は、彼の移住計画を知ると、はげしく反対した。
 「おんしゃ、また西ノ谷をば離れて、よそへ行く気になったんか。静香にもうじき子ができるちゆうのに、まだ尻のおちつかんことをいうてるんかよ。ええかげんにせえ」
 隆之助は、ひきさがらなかった。
 「お父はん、俺は東京の戸山学校へ行きたかったのを、家の跡継ぎは軍人になったらいかんちゅう、お父はんの意見で思い切ったんや。こんどは、北海道へ渡っても、命にゃ別条ないぞ。頼むさけ、行かせてくれ。西の谷にこのまま住んでたら、一生何の変わったこともなしに過ぎてしまう。俺は、よその土地へ出て、思いきり自分の力をば試したいんや。もし失敗したら、帰ってくる。何やったら、五年間と期間を切ってもろてもええ。その間にゃ、現地で成功するか、失敗するか、目途つくさけ。頼む」
 隆之助は、父と毎晩議論を重ねた。
「よし、それほど行きたけりや、お前一人で行け。儂や乳呑児の孫をば、そげな雪深い土地へは、心配で、よう遣らんよ。田辺で養っていちゃるさけ、お前だけ行きよし」
 源左衛門がついに折れたのは、師走も押しつまった頃であった。
 隆之助は静香に、ひそかに告げた。
 「お前のお産済んだら、きっと迎えにくるぞ。心配せんかて、一足先に行て、立派な家建てといちゃるて」
 静香は不安げにいった。
 「あんたは、いいだしたら後へ引かん人やさけ、仕方ないけど、北海道で怪我せんといてよ。私は離れてたら、それが心配や」
 隆之助は静香を安心させようと、胸を張った。
「心配すんな。北海道ちゅうても戦地とはちがうぞ。人一倍身ごなしの早い俺が、山坂歩いたぐらいで、怪我するかえ」
 あたらしい目標を得て、隆之助はふるい立った。潮騒を朝夕に聞き、四季の変化に従いおなじ作物をそだて、漁りをする、相似た姿の日々を送り迎えることに、彼は飽きはてていた。
 父の源左衛門は、かたくなに反対をとなえているが、内心ではすでにあきらめているのか、隆之助を軍隊から退役させたときのような、一歩もゆずるまいとする烈しい気塊を見せなかった。
 隆之助は毎晩、道場に同志の若者たちを集め、未知の北海道についての、夢想を語りあう。皆の開拓移住にふみきる動機は、さまざまである。
 衰微した家運を乾坤一衡の入植によって一挙に挽回したいと野心を燃やす者もいる。五反百姓の次、三男で、分家しても自作地を持てるあてもなく、小作百姓にならねばならぬ前途が待っている者。すでに小作人の境涯で、きびしい年貢の取り立てから逃れられる暮らしを求める者。
 皆は体力に自信を持っている。自分の腕と嬬で、将来を切りひらいてゆこうとする、旺盛な気力をもてあます者ばかりであった。
 隆之助も、鉄のような体躯のうちに、野心を火と燃やしていた。北海道の果てのない原生林と湿地帯の荒野に、からだをなげうち、力の限りたたかいたい。
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■大本教の京都府綾部へ移住

<本文から>
 大正八年五月、隆之助は一家をあげて京都府綾部に移住した。静香は三人めの子供を妊っており、母のりんは七十歳になっていた。隆之助は、一年がかりで家族を説得したのである。
 先祖代々住みなれた西ノ谷村をはなれることに、りんと静香は当然猛反対をした。親戚も事情を聞くと、隆之助の暴挙をなんとかして思いとどまらせようとした。
 日頃は温和な静香の父岡崎太市も、こめかみに青筋をたてて、抗議を申しこみにきた。
「隆さん、お前んは綾部たらいうところへ、皆で行くちゅうけど、ほや、先祖の墓の守りはだれがするんなえ。法事もせんなろまいし、いくらなんでも、吾がの家まで戸を締めて他国へ行くちゅうなこと、相続人とひて考えるべきことでないぞ」
 りんは、手拭いを額におしあて、泣きくどく。
 「隆よ、岡崎のお父はんのいう通りやで。私かて主人の墓守りして死にたいよ。この年齢になって、知らん他国へ行きともないよ」
 静香もおなじ意見であった。
 「あんた、うちの財産は半分に減ってはいるけど、まだ一町歩以上の田畑もあるし、家族が力をあわひて働いたら、暮らしに困ることはないで。あんたはもうじき子供を三人持つことになるんよ。そやのに、綾部ちゅうよな知らん土地で、神さんにおつかえするちゅうよなこというて、皆を食べさせていけるんかえ」
 隆之助は、だれから何といわれようと、屈しなかった。
 田辺にいる半年の間に彼は本宅のほかすべての財産を処分し、一万円の資金をこしらえた。旭川で彼を待つお清にも、長文の詫びの手紙とともに、当座の生活費を送った。田辺を出発するとき、波止場まで隆之助たちを見送りにきたのは、静香の両親のみであった。
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■神技と言われた試合

<本文から>
 隆之助は無我の境に身を置いていた。蒙古での生死の瀬戸際をさまよう体験の後、彼は自ら求めるときに、その心境に没入しうるようになった。
 神憑りの状態のように、心魂が体からさまよい出て、宙に浮かんでいるかに思える。体は重量を失った幻のように、自在にかるがると動くのである。極度の精神の集中が、隆之助の大脳のうちに眠っていた未開発の能力を、みちびきだしたのだ。 
 彼は、中沢少佐の胸のあたりに揺れている白い盃の形をした魂をみつめていた。それは、かつて内田兎角が教えた通り、形をあらわした。少佐の剣尖が動くより一瞬はやく、盃のなかから豆粒のような光芒が彼をめがけて飛んでくるのである。
 隆之助はその光を見て、身をかわす。少佐の剣尖は、垂亡のあとを追って打ちこんできた。そのため、彼は思うがままに少佐の攻めを外すことができる。
 中沢少佐は、荒い呼吸をかくすのも忘れ、必死に隆之助を打とうとするが、足をもつれさせて前のめりに膝をつく。
 観衆は声をあげることも忘れ、勝負を見守っていた。
 「おのれ、お、おのれ」
 水を浴びたように汗をかいた少佐は、体勢をたてなおし、死にものぐるいに打ちかかる。
 隆之助は片時も動きをやめず、前後左右に円運動をおこない、疲労を知らない様子であった。
 少佐は、上段にふりあげた木刀でいきおいはげしく空を斬ったとたん、うつぶせに倒れた。精根をつかいはたした彼は、しばらく動かずにいたが、やがて起きあがり、木刀を膝のまえに置くと、手をついて告げた。
 「参りました。おそれいりました。あなたは日本一の先生です」
 道場が割れんばかりの歓声につつまれた。隆之助の弟子たちも、舞鶴鎮守府の水兵たちも、ともに眼のあたりにした神技に感動して、声をからしてほめたたえていた。
 「えらいぞ、人間でないぞ」
 「神様や、生神様や」
 「おおきに、おおきに。ええ眼福させてもろた」
 隆之助は、勝利を祝おうと駆け寄る弟子たちの渦のなかに、ひとしきり取りこまれていたあと、汗をぬぐうために道場を出た。
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■外人求道者は合気道観をただしくうけいれ、神の観念を高度に理解した

<本文から>
 昭和四十年以降、政財界知名の人々が、本部道場をあいついでおとずれ、熱心に稽古に通うようになった。
 平和の武道としての合気道は、欧米諸国にひろくうけいれられ、昭和四十年十二月二十五日、ブラジル国力トリック教、アポストリカ・オルトドシア教会大司教より、同数会長高名誉称号である、「伯爵」号を贈られた。
 外人求道者は、隆之助の合気道観をただしくうけいれ、神の観念を、日本よりも高度に理解する能力をそなえていた。
 彼らのある者はいう。
「われわれの肉体は、単なる細胞のよせあつめではない。それは弾力のある精神的なもので、なによりまずわれわれを包んでいる、かがやかしい慈愛の力を感受する受信器である」
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