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<本文から>
まもなく吉宗は財政再建策に着手した。その第一は、家中全員から知行のうち二十分の一を借り、財政回復後に返却する差上金借上げの策である。
第二の措置は、坊主、手代その他の小役人の整理であった。吉宗は八十人の隠し目付をはたらかせ、江戸屋敷奥向き、国元の二分口役所、仕入方会所の役人の行状を調べあげさせた。その結果、怠慢、不正のふるまいのあった者が百余人に及んだ。彼らにお暇を申しつければ、冗費が倹約できる。
第三は、領内用水工事の開発である。用水をたくわえれば、米の収穫は増大する。紀州藩には大畑才蔵という、土木工事に天才的手腕を発揮する技術者がいた。
吉宗は彼を重用し、田地の開拓に着手した。才蔵はまず紀の川北岸に小田井という新渠を設ける工事に着手した。完成すれば千三百町歩の美田が出現する。
吉宗はつぎに家中経費の節減にとりかかった。江戸勤番二千人の藩士に要する諸費用が年間九万両に及んでいるのである。
吉宗は目付役に藩士の行状を詳細に探索させ、無駄な経費を濫用している者を調べあげた。
彼は江戸屋敷の支配者である水野大炊が、吉宗の指示に従わず贅沢な暮らしむきであるのを知ると、中屋敷大広間に重立った藩士を列座させたうえで、訓戒を垂れた。 |
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