津本陽著書
ここに付箋ここに付箋・・・
          鬼の冠

■惣角は全国の武道家のあいだに英名をとどろかせている達人

<本文から>
 昭和三年八月、北海道旭川市三条通り、秋田屋旅館に、小柄な老人が宿泊した。身長一五〇センチ足らず、痩身で、年齢は七十歳と

いうが、十歳は若く見え、眼光が異様にするどい。
 彼は大東流合気柔術宗家、武田惣角であった。惣角は全国の武道家のあいだに英名をとどろかせている達人であった。
 だが売名に意を用いず、自ら道場を構え、門人を養成する気がない異色の人物である。彼は国内各地を放浪し、足をとどめた地で合気の術を教える。
 教授料は二円であった。
 秋田屋旅館の主人は、惣角の名を聞き、おそれいって丁重なもてなしをした。北海道では惣角は開拓時代の英雄として、知られていた。明治三十五年に、彼は単独で全道五万人の無頼漢に立ちむかったのである。
 明治三十年代の北海道は、新天地開拓の活況のうちに、博徒、無頼漢が横行し、犯罪者も多く、ほとんど無政府状態であった。
 全道の博徒が五万人であるのに対し、これを取締る警察官が六百人の少数である。このため警察署に保護を求めた者が、署長の面前で殺される。裁判所判事の家族が、自刃で脅迫されるなど、無法者の眼にあまる暴状は募るばかりであった。
 当時惣角は仙台第二師団の武道教授であったが、函館警察署の懇請によって渡道し、北海道最大の博徒丸茂一家と単身対決し、彼らを慴伏させた。
 白刃をふるい迫ってくる博徒たちを、濡れ手拭い一本をふるい、手足を打ち折って追い払ったという、惣角の武勇伝は、秋田屋の主人たちが幼時に聞いた伝説となっていた。 
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■田村に敗れ、武芸の底知れない広がりを覚った

<本文から>
 塩からい鼻血があふれてくるのを懐紙でおさえ、彼は叫んだ。
「もう一本」
「うむ」
 田村は立ちはだかっている。
 惣角はこんどは得意の突きから面の攻めに出た。迅雷のような剣尖が田村の喉を突きぬこうと襲ったが、田村はまえにいなかった。
 しまったと思ったとき、惣角の体はふたたび土間に泳いでいた。
 幾度立ちあっても惣角は痩せた老人に、打ちこめなかった。
「恐れ入りました」
 惣角は敗退した。
「まあ待て、お前ん、こいを潰してみんか」
 田村は径三寸ほどもある青竹をとりだしてきた。
 惣角は握りしめてみたが、潰すどころではない。
「俺はやっど」
 田村はいうなり、豆腐を握るように竹を手のうちで潰してしまった。
 惣角は武芸の底知れないひろがりを、覚らされた。彼は大東流合気柔術の修業を嫌い、保科近恵のもとを去ったのであったが、武芸は自刃をふるっての剣術ばかりが大事ではない。素手の体術をも学ばねば、百戦不敗の境地には達することはできないのである。
 (いったんは会津へ帰ろう。そのうえで、俺は進むべき道を探るのだ)
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■九死に一生を得たが、三十数人を斬った経験が人を変えた

<本文から>
 福島県庁の叔父には、一部始終を詳しく告げていたので、事の真相をいずれはあきらかにしてくれるだろうと、待ちわびているのに、何の音沙汰もなかった。
(俺は会津の士族だ。政府の奴らは、旧賊軍だからといって、俺の弁明を認めず、死刑にしようと考えているのではないか。それならば、せっかく拾った命をまた捨てねばならぬ。面倒なことになったものだ。いったん死んでいたものを呼び戻されたために、死の苦痛を二度味わうことになった)
 惣角は獄窓で無念の歯ぎしりをしつつ、日を送った。
 だが、彼の公判はなかなかひらかれなかった。獄舎に初秋の風が肌つめたく感じられる頃、彼は突然典獄に呼び出された。
「武田惣角、君は無罪となったよ。君に喧嘩を売った人夫どもは、あの峠で悪業の限りをつくしていたことが、あきらかとなったのだ。今日から監獄を出てもよい。だが、虎徹は返さない。なぜならば、たとえ悪者を成敗するにしても、四十人ちかくも斬るとは乱暴にすぎるからだ。以後、つつしみ給え」
 惣角は防具袋を返してもらい、監獄を出た。
 門前に、叔父が馬車で迎えにきていた。
「惣角、命をとりとめてよかったな。お前はあのままでは死刑になるところだったが、俺が土方どもの行状を調べあげたので、情状が酌量されたのだ。お前はまったく命冥加な奴だよ」
 叔父は笑った。
 惣角は叔父の家で、年末まで養生をした。痩せほそっていた体に、しだいに肉がつき、庭に出てしないを振っても、めまいがしないまでになった。
「お前はこののちも、武者修業をつづけるつもりか」
 叔父に聞かれ、惣角はうなずく。
「ええ、私はほかに取りえがありません。やるしかねえですべ」
「それなら、乱暴はやらないでくれ。こんどあのような騒ぎをおこせば、絶対に命はないからな」
 叔父に諭され、惣角は今後は何事があっても刀を抜かないと誓えと、迫られた。
「いくら叔父さんのお言葉でも、そんな約束はできねえっちゃ」
「なぜだ。どうしてできない」
「侍の子が、故なきはずかしめを受けたときは、相手を成敗しなければならないでしょうが」
「それはそうだ。しかし、喧嘩両成放は旧幕の苦からの定法だ。お前が敵を斬れば、自分も切腹しなければならぬ。今後、刀を抜くときは、そのつもりで抜け」
 惣角はいわれて言葉に詰った。
(たしかに叔父貴のいう通りだ。俺はどうも血の気が多すぎるのかも知れない)
 彼は反省する。
 人生ではじめての大難を切りぬけた惣角は、叔父が見ても分るほど、眼つきが変っていた。
 他人を見るとき、どこから襲えばもっとも倒しやすいかと考えている、猛獣の眼差しである。惣角の身内には生身の人間と乱闘し、三十数人を斬った経験が、重く沈んでいた。
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■惣角のエピソード1

<本文から>
 惣角は大阪滞在二年めに、大阪府庁警察部で、「新選組」と呼ばれる柔道の猛者たちに、逮捕術を教授した。
 惣角はすでに八十歳にちかい高齢であったが、新選組随一の強豪、柔道五段の上田文次郎に、左腕を差しだして命じた。
 「この腕を存分に処分せよ」
 上田は惣角の左腕を捻じあげた。
はじめは全力を出せば折れると見たため、軽く捻ったが、惣角の腕は木の根のように固く、微動もしない。
 彼は腕を股にはさみ、逆にとろうとした。
 惣角は瞬間に上田の腕を捻りあげ、気合もろとも投げとばす。はね起きようとした上田は、逆技、逆捕りを連発する惣角の攻めに屈し、押えこまれてしまった。
 新選組の猛者たちは、ありうべからざることと眼を疑い、惣角に心服した。
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■惣角のエピソード2

<本文から>
「お前に、ちとおもしろいことをして見せてやろう」
 男は惣角の力を見せつけられ、胆を奪われているので、柔順であった。
 彼は惣角にいわれるままに、正座する。惣角は男の額に巻紙を糊で貼りつけ、むかいあい正座する。
「そのまま動くなよ。動かねばお前の体には何の怪我もないが、動けば大怪我をするか、悪くゆけば死ぬぞ。どうだ、いいつけを守れるか」
「へえ、守りやす」
 惣角は、いきなり右腕を立て右片手で抜きうちに男の額を斬った。
 ものすごい刃鳴りがした。正家の脇差を斡に納めた惣角が、森田常吉を呼んだ。
「これを見ろ、紙が切れているだろう」
 惣角の脇差が、紙を二寸ほど切り裂いていた。
 男の額には、何の傷痕も残ってはいなかった。
「こんなことができるものでござんすかねえ。あっしには人間業とは思えませんや」
 常吉は身震いをした。
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