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<本文から> 門太夫は寝たままで、小笠原の若党を呼んだ。
「お休みのところをお騒がせいたし、恐れいりまする」
「構わぬ。火急の用とは何事じゃ。申すがよい」
「手前主人三郎右衛門は、今朝がたより奇態なることを口走り、ご秘蔵の具足を召され兜をおかぶりなされ、日頃大事になされし波の平の刀を抜きはなたれ、乱心の体にて二階に取り寵られてござります。
「なるはど、それは一大事じゃ。
処置を誤れば、小笠原家の家禄は没収される。
門太夫は手をのばし、いきなり若党の手首をつかみ、自分の家来を呼び、命じた。
「この者を、儂が帰るまで預けておくゆえ、銘々番をいたしておれ。
小笠原の若党を監禁したのは、万一取り押さえに出向いた門太夫が斬られるようなことが起これば、自殺するかもしれなかったからである。
門太夫は身支度をして、小笠原の長屋へ出向くと、家来たちが血相を変え、梯子段の下に身を縮ませていた。
二階から、小笠原の声が聞えてくる。戦場で名乗りをあげているかのような声を聞くと、彼が完全に乱心していると分かった。
気の触れた小笠原は、甲胃を帯び、抜き身を手に家寵りをしている。家寵りした者を掃えるのは、至難の業であった。
門太夫は梯子段を二、三段登り、様子をうかがうと、小笠原の家来たちに告げた。
「これは時刻が延びては済まぬことじゃ。そのほうどもは玄関口を固めよ」
彼はそのまま静かに梯子段を登った。
二階座敷の隅で、鎧檀に腰かけていた三郎右衛門は、異様な喚き声をあげ、斬りかかってきた。
「三郎右衛門、これは何と召さるる。
門太夫は三郎右衛門の振りまわす太刀先をかわし、手首を押さえた。
騒ぎは何のこともなく収まった。
門太夫の非常に際してのはたらきは、頼宣の耳に届き、彼は召し出され賞賜を受けた。
門太夫の武芸の手練は尋常のものではないと、渥美源五郎はその技を高く買い、彼が一流をもひらく才があるのに弟子を取らず、老いていくのを惜しんだ。
門太夫は日頃、武道の一派をひらくよう人にすすめられると、笑って答えた。
「儂が武芸鍛錬いたせしは、それを余人に教えるためではない。おのれが楽しむためじゃ。さまざま工夫して自得せし筋道を、余人に教えるはどの能は、儂にはないわ」
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