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<本文から> いつのまにか屈強な家来数人があらわれ、利太は彼らに命じる。
「この足を買いしゆえ、屋敷へ戻り金子を持参いたせ」
主人は足を利太の膝の下に組み敷かれて身動きできず、泣きだした。
「わたいが悪うござりまいた。どうぞ勘弁なはっとくれやす」
利太は叱りつけた。
「商人の店先は戦場じゃ。侍が真剣にて命の遣り取りをいたすとおなじ気合いにて商いをいたさねばならぬに、勘弁せよとは何事か。このうえはどうあっても足を切り取って持ち帰るぞ」
店先は黒山の人だかりである。
町じゅうの寄合衆、年寄が出てきて侘びをするが利太は聞きいれない。
町奉行が仲裁に入って、ようやく利太は手を引いた。この事件ののち、京都の町なかで不作法な姿で商いをする者がいなくなったという。
利太が利家のもとを離れ上杉景家に仕えたのは、義父利久の死後まもない頃であったようである。
「常山紀談」によれば、利太が金沢を出奔したのは、行状を利家に意見されたためであった。
利太はひとりごとをいった。
「たとえ、一万戸の封地を持つ大名であっても、自由に行動できなければ匹夫にひとしい哀れな境涯である。このうえは出奔して、勝手なふるまいをいたし世を送ろうよ」
利太は一日、利家に申しあげた。
「茶をおもてなしいたしとう存じますれば、おいでられませ」
利家はよろこんだ。
「おのしが茶をふるもうてくれるか。よろこんで参ろうぞ」
利家は利太の屋敷へきた。
利太は風呂に水をたたえておき、利家を誘った。
「温風呂をたててござりまするに。おはいりなされませ」
「おう、これは心ゆきとどきしもてなしだわ」
利家は湯殿へゆく。
利太は自ら湯加減を見るふりをしていう。
「ちょうどよき按配にござりまするわなも」
利家は風呂に入り、冷水と知って飛び出し小姓に命じた。
「馬鹿者にあざむかれ、水風呂に入ったぞ。あやつを引っくくって連れて参れ」
小姓たちが利太を捕らえようと戸外へ走りでたが遅かった。
利太は裏門の前に置いていた松風という駿馬に乗り、鞭鐙をあわせ駆け去った。 |
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