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<本文から> 郷中での稚児たちの遊びは、すべて戦場で役立つ体力鍛練をめざすものであった。走り競べ、飛び競べ、相撲、軍真似、大将追取い、降参いわせなどである。
大将追取いは、稚児たちが二手に分かれ、大将を取ろうと攻めあい、格闘をする遊びで、指揮者の作戦の巧拙、稚児たちの闘志、体力が問われる。実戦さながらの荒々しい進退で行われた。
切り傷、擦り傷、頭に痛ができ、鼻血を出す者はめずらしくない。なかには生爪を剥がし、気絶する者もいたが、稚児たちはひるむことなく全力をつかいはたすまで、勇みたって相手方と格闘した。
降参いわせというのは、やはり稚児たちが二手に分かれ、大将を決め、素手で組みつき、噛みつき、撲りつけ、おさえつけ、降参をいうまで攻撃をやめない、遊戯ともいえないほど、殺気立った遊びである。
降参する者が多くなり、大将を守る者がすくなくなると、敵方は大勢で押しかけてくる。大将がおさえつけられ、「降参」といえは勝ちであった。
だが、この遊びでは稚児たちは殴りつけられ失神しても、降参を口にしないため、勝敗が決まらないのが常であった。このため審判により、優勢勝ちを判定することになる。
正月の橙打ちあいも、危険な遊びである。門口の飾りにつけた橙を投げあう合戦で、眼にあたれば大怪我をする。
また二才たちはしばしば長稚児たちを伴い、隊伍をととのえ、道のない山野を強行軍で歩き通す、「山坂達者」の訓練をおこなった。
林太郎は、下加治屋町郷中に通うようになって、このような心身を練る遊びの際、江戸下りの柔弱者と見られ、袋叩きにあったが、彼が臆病者でないと分かると、意地悪いたくらみをする者がいなくなった。
長介、彦太郎らの友人のほかにも、剣術に練達した彼を郷中の誇りとしている者が多い。林太郎も、故郷の男たちの心情を理解するようになっていた。
彼らは荒々しい訓練によって鍛えぬかれ、勇敢である。よそ者をいったんは排斥するが、知りあうと肉親に対するような親愛感をあらわしてくる。 |
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