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<本文から> 「稲葉山城を乗っ取るのです」
「われらのみのカでお城を取るなど、とてもできぬ。無謀も極まる考えだ。やり損じたときは叛逆の罪で、一族こぞって処刑されるにちがいない。思いとどまるがよい」
城内には斎藤飛騨守を番頭とする、警固の兵が常時詰めている。
半兵衛は日頃のつつしみぶかい態度を捨て、冒険実行の意志を変えようとしない。
安藤伊賀守は、半兵衛の説く稲葉山城乗っ取りの謀計を聞くうち、成功するかも知れないと、心が動いた。
「おのしがそこまでやるときめたからには、膿もとめはせぬ。カを貸そう。どうも、うまくゆきそうな気がする」
半兵衛は、稲葉山城内に人質として留めおかれている、弟の久作を利用する作戦をたてた。
まず久作に仮病をつかわせ、彼の看病をするという口実をつくって、家来たちに見舞いの品を納めた長持ちを、はこびこませる。
長持ちの底には刀槍、甲胃などをひそませていた。
永禄七年二月六日の朝、半兵衛はわずか十七人の供を連れ、稲葉山城にむかった。城内にはいると帯刀をはずすが、久作の居間にはいって手早く甲胃をつけ、武装する。
主従は一団となり、近習の制止も開かず走って、番頭斎藤飛騨守ら歴々衆のいる広間に乱入した。
飛騨守はたちまち斬り伏せられる。
なにごとがおこったかと、うろたえつつも立ちむかってくる重臣、近習、小姓を、半兵衛たちは縦横に斬り伏せる。
甲冑冑武者の数はすくないが、平服の侍たちが取りかこみ斬りかけても、かすり傷をも負わせることができない。
浮き足だった番衆たちは、なだれをうって域外へ逃げ散った。
「何の騒ぎじゃ、慮外者は儂が討ちとってやろうぞ」
龍興が偲刀を手に、乱入者に立ちむかおうとしたが、重臣の長井新八郎、新五郎らが彼のまえに立ちふさがり、襲いかかってくる甲冑武者とたたかい、乱刃のうちに倒れた。
龍興は正体も知れない敵と斬りあう勇気も失せ、城の一隅に身を隠す。
城中には大勢の侍がいたが、不意の変事に動転し、半兵衛たちの人数を何十倍にも見誤って、抵抗をやめた。
半兵衛の一族竹中善右衛門は、鐘の丸に駆けのぼり、合図の鐘をつく。
城下に待ちかまえていた安藤伊賀守の軍兵二千が、喊声をあげ山上へ攻め登り、城中へ侵入した。 |
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