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<本文から> 虎千代は、為景の死を境に味方の武将の態度が、あきらかに変ったのを感じとっていた。
幼い彼は、日頃から父の忠実な幕僚としてはたらいてきた、山吉政久、福王寺孝重、安田弥八郎らが、為景に見せた畏敬の物腰を晴景にはひそめるのを見て、こころもとなさを覚えた。
為景のまえに出ては頭を垂れ、ひれ伏さんばかりの臣従の姿勢をあらわしていた国人たちは、晴景に命令をうけても、聞き流すことがある。
「こりや、おのしは新館殿がお下知を何とこころえる。しかとお受けいたさぬか」
長尾顕吉が苛立って一喝すると、彼らは薄笑いをうかべ、応じる。
「これほうかといたし、まことにご無礼申した。新館殿、ご容赦召されよ」
府中の幕僚たちは、晴景が自力では越後国主の地位を全うできない現実を、見通していた。
彼らは内心では、もし晴景が没落すれば、つぎに越後の国主となるのは誰であろうかと、前途を模索しているのである。
わが運命を託すべき主人が亡びるときは、自分もともに破滅するからであった。
晴景の身上にわずかでも暗雲がさしそめれば、彼らは別の主人を求めるため、先をあらそい府中長尾を捨てるであろう。
虎千代は、そのような事情を母の虎御前、姉桃世から聞かされ、一家が存亡の危機にのぞんでいるのを知った。 |
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