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<本文から> 小林は京橋大富町、南八丁堀沿いにある江戸三大道場のひとつ、桃井春蔵の鏡新明智流士字館で、無敵の名をとった剣士である。
師匠の桃井春蔵と本気で立ちあえば、勝てるのではないかという者も多い。江戸詰めの庄内藩士のあいだでは、真剣勝負はともかく、竹刀をとっての試合では勝てる者がいないといわれていた。
小林は庄内藩邸の道場で、新太郎と顔をあわせたことがあるが、稽古をしたことがない。「一手お願い申す」と頼むと首を振るので、嫌な奴だと思っていた。
彼は神田に自分の道場を持っていて、弟子も大勢いた。
谷口がいった。
「小林が強盗をしているらしい」
「えっ、証拠があるのか」
「うむ、薩摩御用盗といって町屋に夜中押し入り、何千両も盗んでいくそうだ。町方役人が探索している」
薩摩三田屋敷に集まった五百余人の浪人たちが、町方役人を寄せつけず、豪商の住居に押し入り、大金を強奪し、あとを追う者に威嚇発砲して、船で引き揚げるさまが、市中で喧伝され、薩摩御用盗と瓦版で名づけられた。
小林は四、五十人の部下を率い、昼夜市中を見廻っている。小林組の組頭であるから、見廻り先で立ち寄る豪商の家では、丁重なもてなしをうける。
その際に、家内の様子をくわしく調べ、大金を貯えていると分ると、夜中に腹心の連中を連れ、乱入して金箱を奪い去るというのである。
「小林がさようなふるまいをするならば、本藩の面汚しだ。生かしてはおけまい」
新太郎が両眼に炎のような光りを宿した。
彼は幼時から「一ノ太刀ヲ疑ワズ」と教えられてきた、自顕流の斬り手であった。 |
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