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<本文から>
高杉は、狂ったのだ。
と、たれしもが晋作の脳髄の正常さをうたがい、山県狂介以下奇兵隊の壮士のすべてが、晋作に対して冷淡であった。傷負い猪が荒れくるっているとしか見なかった。
奇妙なものであった。結果からいえば、
「高杉晋作の挙兵」
として維新史を大旋回させることになるこのクーデターも、伊藤俊輔をのぞくほか、かつての同志のすべてが賛同しなかった。
歴史は天才の出現によって旋回するとすれば、この場合の晋作はまさにそうであった。かれの両眼だけが、未来の風景を見ていた。いま進行中の政治情況という山河も、晋作の眼光を通してみれば、山県狂介らの目でみる平凡な風景とはまるでちがっていた。晋作は、この風景の弱点を見ぬき、河を渡ればかならず敵陣がくずれるとみていた。が、かれは自分の頭脳の映写幕に映っている彼だけの特殊な風景を、凡庸な情況感受能力し
かもっていない山県狂介以下の頭脳群に口頭で説明することができなかった。
(行動で示すあるのみ)
と、晋作がおもったことは、悲痛であった。なぜならば、行動とは伊藤俊輔がひきいる力士隊三十人だけで挙兵することであり、三十人で全藩と戦うことであった。その前途は死あるのみであった。が、劣弱な風景想像能力しかもたない同志たちに、
「政治風景というのは、こう押せばこう変わるのだ」
ということを示すには、実物をもって示すほかなかった。 |
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