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<本文から>
「歴史がかわったのだ」
竜馬はいった。
「この前古未曾有の時代に、鎌倉時代や戦国時代の武士道で物を考えてはたまらぬ。日本にとっていま最も有害なのは忠義ということであり、もっと大事なのは愛国ということです」
「たれに遠慮もいらぬ君の立場なら、私もそういうだろう。しかし私は幕臣だ。頭でわかっても、情義としても実際の面でもそうはゆかぬ」
「やはり鎌倉武士で行きますか」
竜馬は、皮肉でなく言った。竜馬はこの永井尚志という人物の時勢への理解力がどれほどのものであるか、敬意をこめて知っている。
「鎌倉武士か」
永井は、吐息をついた。
「場合によっては、そのように生きて行かねばならぬだろう」
「となれば、日本に内乱がおこる。是はつぶれ去るかもしれませんな」
すでに議論は煮えつまった。あとは結論か、最後の言葉があるのみである。この場合、おなじことを中岡慎太郎がいえば、目をいからせ
「永井殿、足下は日本をつぶして徳川家だけが生き残ろうというご魂胆か」
と、舌鉢するどく切りこんだであろう。中岡は当代もっともすぐれた論客の一人だが、その議論はあまりにも堅牢でしかも鋭利すぎ、論敵に致命傷を与えかねない。
が、竜馬は、議論の勝ち負けということをさほど意に介していないたちであるようだつた。むしろ議論に勝つということは相手から名誉を奪い、恨みを残し、実際面で逆効果になることがしばしばあることを、この現実主義者は知っている。
(すでに議論で七分どおり、当方のいうことに相手は服している。あとの三分まで勝とうとすれば、相手はひらきなおるだろう)
竜馬はそろそろ鉾をおさめようとした。 |
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