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<本文から>
要するに、後藤は竜馬とその社中もろとも藩の組織に組み入れ、竜馬にしかるべき禄と身分をあたえ、藩の有力な一翼たらしめようとしているのである。
竜馬にすれば見そこなうなというところであろう。いまさら、たとえ家老の処遇をもって迎えにきても、天下の坂本竜馬に対する侮辱だと思っている。
「藩吏はごめんだな」
といいつつも竜馬はあたまのなかで、いそがしく思案を馳せめぐらせていた。
「官途につけ」という後藤の提案はおもしろくないが、別な点で魅力がある。
社中の経営という点だ。土佐藩との関係をより濃厚にもてばずいぶんときりまわしが楽になるにちがいない。
「後藤殿」
と、竜馬は自分の大望をのべた。
大望とは、私設艦隊をつくって天下の風雲をおさめること。第二に、その私設艦隊はあくまで独立自尊のかたちをとり、経費いっさいは平素の貿易・運輸でまかなうこと。
このふたつである。
「坂本君、きみは日本の政権に野望をもっているのか」
「おや」
竜馬は、後藤をみた。正直なおどろきである。後藤という男は度量広大な人物とみていたが、そんな推量をするあたり、やはり一官僚にすぎないかと多少失望した。
「ないさ」
竜馬は、火鉢をひきよせた。なるほど日本の危険をすくうために徳川幕府は倒したい。しかしそのあとに樹立される革命政権の親玉になるなどは、竜馬はまっぴらである。
「おれにはもっと大きな志がある」
「どんな?」
「日本の乱が片づけばこの国を去り、太平洋と大西洋に船団をうかべて世界を相手に大仕事がしてみたい」
「えっ」
後藤は目をまるくした。こんな大法螺を夢みている男が日本にいようとはおもわなかったのである。この壮大な夢の前には、勤王・佐幕のあらそいもみるみるちっぽけな風景に縮んでゆく感じがしたし、まして後藤が提案した土佐藩藩吏の一件など、はずかしいほどに卑小であることに後藤は気づいたのである。
が、竜馬も、曲者である。後藤が提案した一件につき、自分にもよく、土佐藩にもよい実に変えることに智志をしぼった。
やがて、
「後藤殿、これはどうじゃ」
と懐紙をとりだし、筆さきをしばらくなめていたが、
「海援隊」
と、墨くろぐろと書いた。
「意味は、海から土佐藩を授ける、ということだ。海とは、海軍、貿易。海援隊は土佐藩を授けるが、土佐藩も海援隊を援助する」
「つまり、同格か」
後藤はさとい男だ。「援」という文字に同格のにおいをかいだ。
「ああ、同格」
「となれば竜馬、おンしとおそれながら藩公と同格ということになるぞ」
「あたりまえだ」
と、竜馬は、封建武士にしては驚天動地の発言をしてしまった。
「アメリカでほ薪割り下男と大統領と同格であるというぞ。わしは日本を、そういう国にしたいのだ」
「竜、竜馬、声が大きい」
さすが剛腹な後藤も、このあまりな危険思想に青ざめてしまった。勤王倒幕でさえどの藩でも戦慄するほどの危険思想であるのに、この竜馬はそれからさらにつきすすんで人間は平等なりと言い出しているではないか」 |
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