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<本文から>
武市半平太黒幕の革新内閣が、まがりなりにもできあがっていた。
「竜馬ァ、早まりやがった」
あまり愚痴をいわぬ男だが、こと竜馬の話になると、その脱藩を惜トんだ。
しかし竜馬ほ、武市の成功のうわさを、海をへだてた上方の地できいて、
−砂上の楼閣さ。
と逆に不安がった。
武市は観念論者である。竜馬は実際主義者であった。土佐一国を武力で鎮圧するほどの実力を武市がもっていないかぎり、その革新内閣はついに砂上の楼閣だろう。
−武市のやることも実がないよ、清河とおなじで。
瀬戸内海で私設艦隊をつくりあげて、その武力をもって世直しをやってやろうと考えている竜馬は、策だけの行きかたというものがどうも食い足りない。
参政青田東洋を暗殺して以来、土佐藩の人事は、武市の工作どおりになった。閣員の八割は、政局を安定させるために門閥守旧家を参加させたが、かれらは、凡庸暗愚で、二割の勤王派重役に鼻づらをとられて引きまわされるだけになろう、というのが武市の見通しであった。しかもそのとおりになった。
もっとも、武市自身は、郷土出身のかなしさ、要職にはついていない。わずかに白札の小頭、つまり准士官の世話役、といった程度の卑職についたにすぎない。しかし隠然たる黒幕で、かれが内閣をあやつっていた。
−薩長に遅れるな。
というのが、武市らの合言葉であった。 |
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