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<本文から>
「おれは少年のころ、物事に臆病であった。正直なところ、いくさというものを想うだにこわく、もし長じてこの家の大将になればどうしようと思い、そう思うと気がくるいそうであった。何度、武門の家にうまれたことを後悔したことか、わからない」と、意外なことをいいだした。
「人からは、姫芳子といわれていた」
と、元親はいった。すでにその一件については菜々もきいている。うなずきつつちょっと微笑すると、元親は「笑いごとではない」といった。
「おれは少年のころ、何度も女に化りかわりたいとおもった。女ならば戦場にゆかなくともよい。そう思い暮らしているおれを人が姫君子とよんだのもむりはなかった」
(私こそ、男にうまれたかったのに)
と莱々は思い、できれば代りたかったといおうと思ったが、元親の目が据わっている。
「いまでも、そうだ」
「え?」
「怖い」
「敵や合戦が、でございますか」
「矢弾のうなり音、焔硝の爆ぜるひびき、とぎすました槍の穂や敵の武者押しのどよめきなど、どうにもならぬほどにこわい。そちだけに明かすが、おれは生得の臆病者だ」
「そうでごぎいましょうか」
「みろ」
と、元親は腕をみせた。そう話しているだけで、おぞけがそそけだっている。
(本音かしら)
と、菜々は何度かそう思いつつきいていたが、元親が告白(としかいえない)している顔つきには一種の鬼気のようなものがあり、冗談とも思えない。 |
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