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<本文から> 道場では、
「変物」
というあだながついていた。表情も暗く、動作もひかえめだった。外見はたしかにそうである。しかしこの若者の内側をのぞいた者はたれもない。その内側ではこの若者ほど変化の多い風景をもっている者はなかった。
暗くてひかえ目なこの若者特有の表情は、ひとつは「奥州からきた」ということに
もかかわりがあるであろう。
道場の朋輩たちは、周作がなにかひとこと言うたびに、袖をひきあってくすくすとわらった。訛りである。奥州人はそのほとんど異国語に近い訛りのために、この国では異国人のようなあつかいを受けている。そのために自然無口になり、朋輩との交際をこばむようになり、たとえば江戸に修業に出た奥州うまれの職人がその仲間のあいだで多くはみずから孤立してしまうように、周作も朋輩と談笑するようなことがなかった。
周作はしばしば、その訛りによって無言の嘲罵をうけた。
「ならば、剣で来い」
と、軽快に憤慨できるのは、おなじ晦渋な方言をもっている薩摩人である。しかし周作たち北方人は、そういう軽快で弾力的な怒りの習慣をもっていなかった。
すべて、心にこもってしまう。あとは自虐になり、周作の場合は感傷になった。
ほかに。−
周作には、性癖がある。
和歌が好きなことである。事物の風韻を描写する俳句よりも、心のなかをうたいあげることのできる和歌のほうが好きだった。
むしろ、この若者は学問詩文に適した体質かもしれない。我流で漢詩もつくつた。夜、ひまさえあれば書物を読んだ。
(剣などよりも、詩文の人になりたい)
と、日に一度は考えこんでしまう。 |
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