司馬遼太郎著書
ここに付箋ここに付箋・・・
          北斗の人・上

■周作は和歌が好きで漢詩もつくった

<本文から>
道場では、
「変物」
 というあだながついていた。表情も暗く、動作もひかえめだった。外見はたしかにそうである。しかしこの若者の内側をのぞいた者はたれもない。その内側ではこの若者ほど変化の多い風景をもっている者はなかった。
 暗くてひかえ目なこの若者特有の表情は、ひとつは「奥州からきた」ということに
もかかわりがあるであろう。
 道場の朋輩たちは、周作がなにかひとこと言うたびに、袖をひきあってくすくすとわらった。訛りである。奥州人はそのほとんど異国語に近い訛りのために、この国では異国人のようなあつかいを受けている。そのために自然無口になり、朋輩との交際をこばむようになり、たとえば江戸に修業に出た奥州うまれの職人がその仲間のあいだで多くはみずから孤立してしまうように、周作も朋輩と談笑するようなことがなかった。
 周作はしばしば、その訛りによって無言の嘲罵をうけた。
「ならば、剣で来い」
 と、軽快に憤慨できるのは、おなじ晦渋な方言をもっている薩摩人である。しかし周作たち北方人は、そういう軽快で弾力的な怒りの習慣をもっていなかった。
 すべて、心にこもってしまう。あとは自虐になり、周作の場合は感傷になった。
 ほかに。−
 周作には、性癖がある。
 和歌が好きなことである。事物の風韻を描写する俳句よりも、心のなかをうたいあげることのできる和歌のほうが好きだった。
 むしろ、この若者は学問詩文に適した体質かもしれない。我流で漢詩もつくつた。夜、ひまさえあれば書物を読んだ。
 (剣などよりも、詩文の人になりたい)
 と、日に一度は考えこんでしまう。 
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■階級から独立した人間を目指す

<本文から>
「みずからを一個の士だと思っている。中小姓とも奉公人とも、当人は思っておりませぬぞ。なるほど浮世の身分は卑しいかもしれぬが、浮世の身分などは仮りの約束事にすぎぬ。わしは左様な浮世から独立した一個の士たろうと心掛けている。ぶじょくは許しませぬぞ」
 「かんにん。・・・」
 と、志乃は小さく言った。
 周作の手が離れたとき、志乃は、不覚にも恍惚とした表情になった。が、すぐその表情をひっこめて、
 「周作、手の骨がくだけた」
 「医者にでもゆきなされ」
 と、周作は悠々と去った。胸中、これほどに痛い目に遭わせておけばよい、ぼやぼやしているとこの江戸では何をされるかわかったものではない、とそう思いながら歩いた。
(階級から独立した人間になってやろう)
 と、周作は思った。そういう生き方ができるか出来ぬかわからないが、とにかくこの江戸の武家社会で身を置く場合、そうとでもしなければ、男子としての精神が圧殺されてしまう、とおもった。
 当家の道場での稽古も、すさまじい。
 言いわすれたが、当家に周作が召しかかえられた条件のなかに、主人喜多村石見守の兵法のお相手をつとめる、という一項が入っている。
 余談ながら周作はどの腕の者は、いまや広い江戸でも三十人とはいないであろう。喜多村石見守はそれほどの者を、たかが三両一人扶持で召しかかえたことになるし、推薦者の浅利又七郎は、それはどの腕の者を喜多村家に送りこんだことによって、石見守の機嫌を取り結んだことになる。
 浮世の大人どものずるさといっていい。
 (その手には属せぬぞ)
 という不逗の性根が、そろそろ周作の心のなかでもたげはじめている。
▲UP

■奥州の田舎者ではないという変化

<本文から>
 師範代のなかに、金沢源蔵という江戸でも名の知れた剣客がいる。信州松代藩の江戸詰指南役で、きょうたまたまあそびにきていたのだが、
 「ほう、浅利さんの養子か」
 と、その程度の興味をもち、ごく気軽に、どうだ、ひと汗掻こうか、と周作のそばに歩み寄ってきて、竹刀を一本、手渡した。
 それが、金沢源蔵の不幸だった
 「お教えねがいます」
 と、周作はその場で羽織をすて、着物をぬぎ、防具をつけて立ちあがった。
 道場を圧するような巨躯である。
 いままでの周作なら、これだけの巨躯をもちながら大男にありがちな小心さが、かれの動作を奇妙なほど遠慮がちなものにしていた。
 が、周作は変ったようである。
 (いつまでもおれは奥州の田舎者ではない)
 そんな性根が、五体のすみずみにまで滞りはじめている。江戸を呑むようになった、といえるだろう。奥州人特有の遠慮ぶかさ、無用の田舎者意識が、周作の内部から溶けるように消えたのかもしれない。
 −理由は?
 と問われれば、周作自身も答えられなかったであろう。とにかく、お美耶との結婚、入婿、加賀屋敷の盗賊退治、喜多村家からの致仕、これらが周作を変えたのか、それともすでに変わっていたからこそ、たとえば喜多村家を養父には相談することなしにとびだす、といった大胆なことをしでかしたのか、いずれともわからない。とにかくこの奥州人は、いままでかれを縛っていたさまざまな轟絆を脱しはじめたようである。
 「一道を究めようとすれば、権威にいつまでも服従しているものではない」
 と、故郷の孤雲居士はいった。権威とは、周作のばあい、父、師、主人、というものであろう。周作は、蝉が殻をぬぐようにそれらの古衣をそろりと脱ぎすてようとしている。むろん、そういう自分を意識した上でのことではなかったが。
 周作はゆっくりと道場中央にすすみ出、一礼して竹刀をあわせた。
 周作は、足を進めた。
 (はう、あの男)
 と、中西忠兵衛は舌を巻いた。周作は、らくらくと足を進めてゆくのである。
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