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<本文から>
司馬 当時の高級軍人には本当の意味での愛国心はない。これはちょっとまずいんじゃないか、という冷静な人もいたはずですが、それを公式にいうと出世がとまる。うかうかすると、殺される。亡国へころがってゆくときは、仕方がないものですね。
これは何べんも言ってるので面映ゆいんですけどね。日本の軍隊でいえば、オックスフォードの日本学の先生で、ストーリーさんという古い先生がいらっしゃる。
ストーリー先生は戦前小樽高商の英語の先生だったらしいんで、そのために日本文が読み書きできるだろうというので、インパールのころのむこう例の情報参謀になったんですね。非正規将校ですけど、おそらく日本兵が残して行った日記頬を読む役だったんだろうと思うんです。ドナルド・キーンさんのもうちょっと上の階級の役だったろうと思うんです。
そのころの英軍の参謀の連中がみんないってた。日本軍の中で、いちばん頭の悪いのは参謀肩章吊ったやつだ。決まったことをかならずやってくるからやりやすい。だから、待ち受けて、逆のことをやればいいんだ。およそ、彼らは自分の頭で考えない。これは陸大の教育っていうのを『坂の上の雲』という小説を書いたときにずいぶん調べた。日露戦争までの陸大教育っていうのはわかりませんから、その後の陸大教育を調べたら、どうも型を覚えるだけのようですね。包囲して、中央を突破して、どうこうという型がある。その通りにやるんですね。
そんなに愚劣な戦争をしているのに、何とか大崩壊を食い止めてるのは下士官の賢さだ。現場で形をつけてる。それと兵の順良さである、というのが英軍司令部の評判だったらしい。
山本 いや、わたしたちなんかトラック使ってまして、部品がぜんぜんこないでしょう。もう何の輸送もできなくなるんですよね。
そういうとき、つくづく器用だと思うのは兵隊です。たとえばラジエーターの水が漏り出した。すると、糠を入れろっていうわけですね。糠をポッと入れると、水が回ってるうちにある程度は詰まる。それで水漏れが止まる。そういう奇妙な発想と秘術がある。なにしろ日本の車っていうのは蒸気で動くのかって皮肉言われるぐらい、ラジエーターから湯気を出しても、ちゃんと走ってるんです、最後まで。それはみんな兵隊が直すんですよ。ちょこちょこ直しちゃう。ああいう器用さっていうのは、彼らにはないですね。われわれにしかないです。 |
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