司馬遼太郎著書
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          花の館・鬼灯

■応仁の乱は細川、山名の対立が畠山の両派の対立と絡まって起きる

<本文から>
浄土寺 分っております。しかし、何ごとにも時期というものがあります。事態はさし迫っております。もはや、少しの猶予も許されぬのです。
富子 (笑う)まるで天下の一大事が起ったような、(からかうように)何をそんなに気負い立っていらっしゃるのですか。
浄土寺 御台所はご存じのはずです。管領畠山家の一族のうちの内輪もめ。と申すのは、畠山政長と畠山義就との間の家督相続をめぐる根の深い争いです。
富子 いまさら、何を目くじらを立てて。あの二人の争いは、もう十年も前から続いていることですよ。
浄土寺 ところが、細川、山名の対立が、畠山の両派の対立にからみあって、事態はもう、滝つ瀬がごうごうとたぎり落ちるような、合戦寸前の差し迫ったところまで来ております。お分りでございましょう。畠山一族の内紛に乗じて、細川、山名が、弓矢で事を決しようとしているのです。戦いがはじまります。その戦いは、この京の街だけではない、一波が万波を呼ぶがごとく、諸国津々浦々まで波及し、あちらの大名、こちらの小名、それら無数の家々が、それぞれ、家督争い、所領争いをこの機会に解決せんものと、一方が細川を頼れば、他方が山名を頼る、といったぐあいに、中央の争いはすでに地方の争いに、地方の争いはただちに中央の争いにと結びついているのです。 
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■信長に叛逆した村重は何もしなかった

<本文から>
村重 竹阿弥、忘れたか。わしは、虫いっぴき、殺せぬような。
竹阿弥 左様。まことに不思議。(おどけたようにぐるぐるまわりながら、うなずく)あなた様は一介の牢人から荒大名にのしあがったわりには虫も殺せぬお人でござった。戦の場でも後ろで采配をふるうのみで、槍先で(まねをし)人を殺したこともまずまずなかった。思えば、殺さなんだゆえに、摂津の土蒙どもはあなたを信用したのであろう。
村重 わしが殺したかったのはたった一人、織田信長。
竹阿弥 あなた様は殺しそこねた。逃げた。
村重 でほない。恃みの中国の大勢力なる毛利氏が。
竹阿弥 毛利。(鼻息で村重への軽侮を短くあらわしつつ)毛利が伊丹のあなた様に援軍を送るとの約束を破ったからであると?
竹阿弥 (狐憑きの表情になって)破ってはおらぬ。まだわからぬ。毛利氏はかならず来る。要するにわしのせいではない。
竹阿弥 わしのせいでは? いつもそうでございますな、あなた様は。虫も殺さぬ男というのは、つまりは虫のいい男ということなのか。(息を入れて)信長と申せばもはや天下をおおう一大暴風のようなものでござる。人間も、神でさえも、また仏でさえも、信長といえばおぞ気をふるっている。(思い入れて)天魔。それに対し、あなた様ほ、信じがたいほどの勇気ではあるが、反逆なされた。
村重 (自嘲するように)勇気か。……勇気といえるかどうか。わしは追い詰められておった。あの天魔のような信長めに、わしは忠誠心を疑われていた。光秀、明智日向守光秀が、わしに耳打ちしてくれたことがあった。(低声で)貴殿は疑われている。貴殿の配下が、敵方の石山本願寺に兵糧を売った、そのことで上様は、信長は、あなたに謀叛の心がある、と。わしにとって、あらぬ疑いとはいえ、あの信長めに、天魔めに、一旦疑われればサソリの(腕をつかみ)毒を受けたも同然。あのときわしにのがれる道があったか。(思い入れて)謀叛以外に……。
竹阿弥 早まりなされたわ。
礎叩 いや、聞け。わしは決断した。
竹阿弥 決断、ご家来のたれもが反対した。あなた様お一人が決断なされた。
村重 いや、聞け。わしは、わしが持っている摂津の国の五つの城−伊丹、尼ケ崎、花隈、それに高槻、茨木の城、その城々の門という門を閉出し、京の信長に対して反逆を宣した。信長めは、泡を食ったわ。あの信長があろうことか、哀れなほどの猫なで声を出し、わしをすかすがごとく、なだめの使いをよこしおった。覚えているか、使いとして、明智光秀も来おった。それに、木下藤吾郎、いやさいまは羽柴筑前守秀吉、あの猿のような顔をしたくだらぬ小男もきおった。(笑う。だんだんいい気持になって)たれもが、泡を食いおった、その使いの誰もがわしの膝をさすり、手をとって、摂津守よ、おぬしに不足不満があれは上様は三カ国でも五カ国でも与えてとらすとおおせられておるぞ、謀叛などはやめよ、などと申しおった。うそじゃ、人をだますことの名人のあの信長めが、左様にわしをすかして、あげくは(胸を突くまねをして)グサリ。わしは振りきった。荒木摂津守村重は、戦ったわ。(剣を抜く。が、すぐ、剣を落す。茫然)
竹阿弥 (静かに剣をひろって村重の鞘におさめ、やさしげに)本当のことを申し上げましょう。あなた様は戦ったのではない、じつは何もなさらなかった。勝ちもなさらず、負けもなさらず、籠城一カ年あまり、あなた様はお城に居すくんでいなさっただけではござりませぬか。
村重 わしは、待っていたのだ。
竹阿弥 毛利を。
村重 中国の大勢力なる毛利氏の来援を。わしは信長の敵である毛利氏と密約した。毛利氏は海を越えて、伊丹へ大軍を送ってくると。たしかに毛利氏は約束した。しかし、三月待っても来ず、五月待っても来ず、一年待っても。
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