司馬遼太郎著書
ここに付箋ここに付箋・・・
          梟の城

■秀吉はおびただしい金銀で天下を収めた

<本文から>
 秀吉の世は容易に崩れまいとも、急に思いはじめたのである。重蔵が考えたのは、秀吉が持っている金であった。
 (あのぼう大な金銀があるかぎり、秀吉という男は、うわさのとおり、顔に作り鬚を貼り、おはぐろを付け、真っ赤な袴を穿いて太平楽を唄うていようと、まず当分は人がついてくる・・・)
 重蔵は、もともと秀吉麾下の部将達の忠節や結束などを過大にみてはいない。乱波の世を見る目は、親子相承けて、どれほどの湿度も帯びておらず、人の情誼や武士の忠義を計量して物事を考える愚はいささかもしない。しかしいま重蔵の想念の前にたちふさがったものは、明瞭な固さと色彩と形を備えていた。秀吉の背後に積まれた、かつていかなる支配者も持った例しのないおびただしい新鋳の金銀がそれである。
 重蔵が考える秀吉は、ふしぎな運の恵まれ万をした。立身の運のみではない。それのみならば、足軽から身を起して信長の野戦軍司令官になるだけがせい一ばいの限度であったろう。秀吉は天正十年六月亡主の仇を山崎で討った。同時に、亡主の子や家康、勝家などを差しおいて、亡王の地位に代ろうとした。事実上の簒奪者であるという点、光秀となんら変らない。しかし、亡王の部将たちは同僚の聞から出たこの簒奪者に対して、きゆう然と従った。いつに、秀吉の力よりも秀吉が握っている金銀の力であったと薫蔵は考えている。
 地上の秀吉が山崎で光秀を討ったとき、日本の地下では空前絶後ともいうべき大奇蹟が動いて
いた。秀吉の地上の運に呼応するがごとく、諸国の山野からおびただしい金銀が一時に湧き出たのである。ただちに、秀吉は佐渡、生野をはじめそれら全国の鉱山を一手に押えた。同時にその金を惜しみなく新付の部下たちに撒いた。
 もともと信長の下級将校であったころから、部下が手柄をたてるとその場で手頼みに金を与えたこの男のことである。金がどれほど人間の心を魅惑するものであるかを熟知していた。天正十三年と十七年の両度にわたって行なった金賦という露骨な行事は、そのうわさが百姓町人の間に伝わってゆくにつれて、この男がもはやなま身の秀吉ではなく、犯すことのできぬ黄金の化身に変じてゆく錯覚に世のすべてが陥った。
 このとき、彼の別墅である衆楽第の南門に積まれた金は、第一回が金子五千枚、銀子三万枚、第二回は金銀二万六千枚、あわせて三十万五千両というばく大なものであった。これを参賀する公卿、諸侯、大夫たちに手頼みで与え、これをもって戦国生き残りの武将の荒肝をひしいだのみではない、石高以上の部下を養わねばならぬかれらを黄金の前に拝脆せしめた。
 重蔵は、金が秀吉に天下をとらしめたと考えている。したがって、この金力が崩れるときに成り上りの豊臣政権の土台も崩れさると思った。さもなければ、秀吉以上の金力を持った男が世に現われたとき、金銀で眩惑されたいわゆる豊臣恩顧の武将の大半はその男の側に走るにちがいない。
 そういう男は、居るか。
 (家康か。−)
 重蔵は考えたが、いかに家康が関東二百五十五万石の大領主とはいえ、それほどの財力はもつまい。ただここに重大な可能性がある。……堺衆の結集である。家康の行動に対して堺の富力が裏付けられたとき、天下は家康を信用するにいたろう。重蔵にすれば、そのときこそ豊臣家は亡ぶ。 
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■家康暗殺に服部半蔵が関わる

<本文から>
 重蔵は、目の醒める想いで、今井宗久という商人の腹中の地図を読んだ。この企みは宗久から家康に持ちこんだものか、家康自らが置いた周到な布石の一つが宗久なのか、いずれにしても数年後には世の擾乱は必至のように思えた。
 (信長のために覆滅せしめられた伊賀の郷土も、あるいは後年起る擾乱の次第では再び世に立てるようになるかもしれぬ)
 ここまで宗久の肝を読みすすめると、この男にはめずらしく血の躍る思いがした。おのずと判ることがあったのである。伊賀忍者の棟梁のひとりとして、重蔵の師匠下柘植次郎左衛門は、事の成功と引き替えに伊賀郷土の取立てを家康麾下の有力者と約束しているのではないか。・・・
 (話は、服部半蔵が持ってきたにちがいない)
 重蔵は臆測した。
 服部半蔵は伊賀郷土の名家服部家の出で、父の代から家康に仕え、のちに江戸麹町半蔵門前に屋敷を貰い石見守と名乗って禄高八千石、伊賀忍者のあがりとしては稀有の出頭人になった男である。徳川家と伊賀郷士との折衝はつねにこの男がやってきた。
 (あの男なら、伊賀を悪いようにはすまい)
 秀吉を斬ることが、そのまま伊賀の復興とつながっている。
 重蔵の身のうちに、はじめてこの仕事に捨身してみる惰想がふつふつと湧きあがった。
 まず都の巷に、豊臣政権への怨嗟の声を放つことであった。その手はじめとして、朝鮮出兵に関する麾下大名の不平と反対の声を誇大に流言することである。
 いまそれが、足もとの薬師堂の屋根の下で、黒阿弥をかしらに彼が集めた二十人の玄人のあい見おろすと、すでに堂の灯が消えていた。外部から灯を望見されるのをおそれて、火の気を絶った簡の申で彼等は議事をすすめているのであろう。仰ぐと、あぎやかに子ノ刻の星宿が瞬いていた。九年後におこる関ケ原ノ戦いは、すでにこのときから始まっていたと云えるだろうか。
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■暗殺動機が怨恨から天下を倒すために変化

<本文から>
 黒阿弥があがってきた。
 岩の上に黙然と重蔵が座っている。
 「散ったか」
 「散り申した」
 黒阿弥は重蔵の横に木彫りの庚申ざるのようにしてしゃがんだ。
 しばらく二人とも黙って空の星をながめていたが、やがて重蔵が声をかけた。
 「なんでござる」
 「小萩という女がいる」
 「もう女がお出来なされたか。お父上様もそのとおりであったが、お前様も厄介なお人じゃ」
 黒阿弥は重蔵の顛を見て、半ば呆れたように、半ば責めるような口ぶりで云った。
 「大柄で、目が細く頬の豊かな女じゃ。しかし、わしが惚れているわけではない。いや、惚れているかもしれぬ。一度、通じた」
 「それ見なされ」
 「戯れ言ではない。この女がわれわれの仕事の最も手強い故になりそうな気がする」
 「なにをしていた」
 「風間様を仕止めようと一晩追い申したが」
 「五平を」
 「手に負えませぬ。軽薄な仁じゃが、わしとはわざがちごうていた」
 「当り前じゃ。命をとられなんだだけでも、よう運を拾うた。怪我はなかったか」
 「手首を少々」
 云いながら、黒阿弥はこの表情に乏しい男にめずらしくはにかんだ笑いを洩らした。右抽から、白い晒がのぞいている。かすかに血がにじんでいた。
 重蔵は、その血から目をそむけながら、吐き捨てるように云った。
 「五平は、わしが斬る。こののち、差し出たことをいたすとゆるさぬぞ」
 父の代から葛籠家に仕えているこの黒阿弥の寿命をいたわりたかったのである。
 「承知じゃな」
 念を押す重蔵へ、黒阿弥は一段と声を荒らげた。
 「承知できませぬ。その念、お前様に押せたことではござるまい。それほどならなぜ早々に斬らなんだ。乱波に世の常の情けがあってはつとまらぬ。五平どのは一日生かせば、一日害あり。小萩も同然じゃ。お前様は、おとぎ峠で十年も仏いじりをしているうちに、ほとほと乱波らしい性根がなまり申したな」
 日ごろ、重蔵のなまぬるい態度をみて、よほど肚にすえかねていたのであろう。噛みつくような一徹さで云いつづけた。
 「伊賀が亡んで、十年経った。年を経るにしたがって、人の恨みも薄らぐ。しかしお前様は、父御ばかりか、母ごぜ、妹のひい様まで殺されなさったお人でござるぞ。その恨みを忘れるようでは仏もうかばれまい。なるほど、相手は織田右府で、いまは死んでこの世にないが、右府の世を継いだ秀吉がいる。秀吉に従う大名がいる。その手先がいるわ。信長が伊賀の郷土を草を刈るごとく殺したように、お前様も秀吉の天下に従う者を悉く殺したところで罰はあたるまい。まして伊賀を裏切って前田玄以に奔った風間五平を斬るのに、寸刻の猶予も要り申さぬぞ」
 「云うのう」
 重蔵は、苦笑した。いちいち、黒阿弥のいうとおりだと思っている。この仕事に手をつけたころはなお京の政権に対する伊賀者らしい怨恨があった。しかし、いざ京に身を潜めてみると、もはや時代が移ったという感が深かった。恨みよりもいまの重蔵を支えているものは、天下の主を斃すという、何有年来伊賀のなんぴとにも恵まれたことのない壮絶な忍者の舞台、その一事である。世を擾乱する乱波通常の仕事を黒阿弥のみにまかせて興を示さないのはそのためであったし、まして、区々たる伊賀の裏切り者の制裁などは重蔵の生きる興趣からほど遠いものになっている。しかしそう説明したところで、黒阿弥がいよいよ猛るばかりであろうと思ったから、低い声で、なんとなく黒阿弥をなだめるようにほつりと云った。
 「斬る。− ただ、日をすこし藉してくれ」
▲UP

■依頼人に裏切られても貫徹する重蔵

<本文から>
「木さるどの、これは繰り言ではないが、そなたの父御も老いられた・五平はわずか千石二千右の生活はしさに伊賀を裏切ったが、そなたの父卿は娘を千石侍の妻にするために仲間を売る。いかに伝来の土地を奪われたとはいえ、伊賀の郷土も落ちぶれたものじゃ。売られたのは、どちらの場合もこの重蔵じゃ。売られるのはかまわぬ。ただ売り値がいかにもみすばらしい。葛籠重蔵ともあろう者が、仲間のわずかな安穏の生活のために売られたとあっては、諸国の乱波への聞えもわるかろう」
 「お願い。−京を逃げて。重蔵様が、いまの仕事を捨てて姿を消せば、売る売らぬのいまわしいことも無うなる」
 「そのかわり、せっかく五平の千石の夢も泡になるわ。お師匠は弟子の一人を千石取りにするためにもう一人の弟子を囮にかけた。その計略も外れる」
 「まさか−計略だなんて」
 「計略じゃ。なるほど、はじめから裏切るつもりでわしをこの仕事に使うたのではあるまい。初手は重蔵によって利を得ようとした。しかし途中で気が変った。重蔵を捕えるほうが利が良いと考えたのじゃな。利益の二重どりにもなる。国に伝わる詐術の中でもこれほど巧緻な計略はなかろう」
 「……」
 「そなたを責めているのではない。そなたは女らしゅう仕合せになることだけを考えているのであろう。また、それでよい」
 「逃げて−」
 「あははは。逃げはせぬ。父御にも五平にも伝えておくがよい。重蔵は気を変えぬ。安んじて裏切りの仕事にかかるがよいとな。−そのかわり」
 「え?」
「もう容赦はせぬぞ。伊賀の忍者としていずれが術にまさるか、勝負が楽しみじゃ」
▲UP

■石田三成の陰謀も絡む

<本文から>
「小萩ほどの者でも、おなごとはやはりそのように痴愚なものか」
「女のいのちは、ただひとを慕うことによってのみ燃えつづけるもの。それにはお言葉が無うては叶いませぬ」
 「−もし」
 重蔵はしばらく息をのんで、
 「そなたを、生涯わがそばで賞で暮したいとわしが申せば……」
 小萩は息をのんだ。短築の灯が錐のように伸びて、やがて燈心が燃えつきたのか、灯は気ぜわしい鳴き戸をたてて、あたりは急に暗くなった。重蔵は息を大きく吸いはじめ、それがしずかに洩れて、やがてぽつりと、
 「どうする」
 「はい」
 小萩は、じつと重蔵の顔をみつめ、一気に云い切った。
 「逃げてくださいませ、わたくしと。なにもかも捨てて」
 云いおわると小萩の目もとに、はじめて湖心のような微笑がうかんだ。
 重蔵は、目をつぶって答えなかった。腕を組み、塑像のように動かず、ただ小萩の言葉を待った。自然、それに惹き入れられるよう。に小萩は多弁になった。
 「このまま、いまのお仕事をお続けなさるかざり、重蔵様のお命は、やがて非業のうちに消えましょう」
 「−」
「関白の世を覆すなどとは大それたこと。左様な生き方をせずとも、人間にはもっと楽しく暮す道がございます。小萩は恋を知り初めて以来、そのことに気付きました。さもなくしてこのまま事が進めば・・・」
 「そなたが葛籠重蔵を殺す」
 あっと、小萩は抽でロを抑えた。
「相違あるまい。石田治部少輔は宗久をたぶらかして、その陰謀をあばくためにそなたを養女に入れたのじゃ」
 「……」
 こんどは、小萩が黙る番になった。
 「いま重蔵の身辺に手を加えぬわけは、三成にすれば、重蔵に存分に働かしたうえ、宗久の罪科の証拠を得んがためであろう。そればかりか宗久の罪を大きくしておのれの功を肥やさんがため甲賀者小萩を差し入れて、陽に陰謀の協力さえさせている。途方もない密計じゃな」
 「うそ」
 小萩は目を伏せたまま、やっとそれだけを小さな声で云った。
 「うそではない。なるほどこのままゆけば、そなたと重蔵は、やがて仇敵として相見えねばならぬ。いずれかが、いずれかを殺さねばならぬ日が来る。難儀じゃのう、ことにそれが好き合った男女となれば」
▲UP

■秀吉を殺さずに殴ることで鬱していた悪血が吹き散った

<本文から>
「世間に口外はすまいな」
「そのような約束はできぬ。わしにも口はある」
「ならば、いうまい」
「なに」
 重蔵は、白い目で秀吉を見た。重蔵は、自制を欠いていた。さきほどまでの秀吉の印象は消え、この男が栄達してからのさまざまの尊大な噂を思いだした。老来、自制を喪った秀吉には、時に狂人としか思えぬ驕慢のふるまいのあることは、すでに世上に流れている。それが、自分の目の前で小さくなっている秀吉と同一人であると思ったとき、つきあげてくる不快のえずきに堪えられなくなった。
「いえぬなら」
「どうする」
「こう、来い」
 やにわに重蔵は、秀吉の寝巻の襟くびを摘んだ。
「な、なにをするのじゃ」
「気の毒じゃが、目をつぶっておれ」
 重蔵は、秀吉の顔を畳の上に擦りつけた。みるみる秀吉の顔は充血した。拳をあげるなり、その顔を力まかせに殴りつけたのである。
 「うっ」
 よほどはげしい衝撃だったのだろう、秀吉はそのまま気を喪った。
(仕過ぎたか・・・)
 両脚を硬直させて昏倒している老人をみて、重蔵はすぐ後悔した。この男を権力者だと思えばこそ、気も立ったが、見おろしてみれば変哲もない、ただの老人であった。年相応の老醜にひからびた生き物が、短い四肢を硬直させて倒れているにすぎなかった。むしろ、醒めればこの醜態を恥じねばならぬ身分に飾られているだけに哀れがまさるようでもあった。
 重蔵は、老人を抱きあげてやり、衣服をつくろって蒲団の中に収めた。重蔵が侵入してきたときの、なにごともない老人の姿に遭った。醒めたとき、おそらく老人はあわてるであろう。今のことは、ひょっとすると悪夢ではなかったかと。
 「とんだ、茶番であったな、秀吉」
 重蔵は起ちあがって、くすりと笑った。気の毒でもあり、おかしくもある。自分の身勝手さがおかしかったのである。しかし、これで永いあいだ体のどこかで鬱していた悪血が吹き散ったような爽快感もあった。思えば、人生は不満にみちている。抑鬱が重なれば、それを晴らすために人間の精神は、もっともらしい目的を考えつくものだ。重蔵は秀吉を殺そうとしたが、それは殺さなくても、殺すに価するような激しい行為さえすれば、抑鬱は、自然、霧消もする。
 (−とすると、この男こそ、いい面の皮だった。わしはこの男を殺すことで、ここ数年の暮しを楽しめたが、しかしこの男の得た所は、薮から棒に殴られるだけだったことになる)
 くすり、と笑った重蔵のゆとりの中には、そういう人間の精神の滑稽さをわらう感情がある。重蔵の精神の小道具にさせられた秀吉は、相変らず蒲団の中でころがっていた。
 しかし、哀れな男は、もう一人堺に居るはずだった。大蔵榔法印宗久である。この男は自分の利権欲のために重蔵の小道具になり、金を貢いだだけに終った。秀吉の生命は宗久の希望に反して依然として息づいていたからである。
▲UP

■重蔵に代わって五平が捕まる

<本文から>
 重蔵が抜け出てからしばらく経って、五平が居館の中へ忍びこんだのである。不幸はそこで起った。
「曲者−」
 廊下をまがったときに、やにわに斬りつけた者があった。五平は、しまったと思い、つつつと廊下を後じさりして、
「曲者ではござらぬ。ただいまお館の中へ忍び入った曲者を捕えに参った者。誤って後悔なさるな」
「えい、聴かぬ。おのおの出合い侯え」
建物の中は騒然となり、秀吉の護衛に駈けて行く者、出口を閉ざして警戒する者、廊下に灯をつけまわる者、そして当の曲者追捕に殺到する者、さすがに秀吉親衛の役を争っ者達だけに事故発生の場合の機動は迅速をきわめた。
 五平は、遁げ場を失った。執拗に斬りつけてくる一人を、やむなく斬りすてたが、もともと逆らう積りは毛頭なかった。血刀をだらりと右手にさげ、龕燈に照らされながら、
「お館の中を汚して申しわけがない。曲者ではないというのに、聴きわけぬゆえ、不本意ながら手に掛け申した。拙者こと前田玄以の家臣で、下呂正兵衛と申す者」
「前田どのの家臣がなぜ深夜、伏見城に用がある」
「それには仔細がござる。のちほど、ゆるりと申しあげてもよい。しかし、今はそのような余裕はない。おのおの方。申しあげておくが、拙者にかかずらわって刻限の移るうちに、本当の曲者は、この騒ぎを奇貨として城を抜け出しますぞ。よいか」
「指図されるまでもないわ。あの半鐘の音がわからぬか。城のすみずみまで、人数が固めておる。とにかく、申しひらきは、然るべき場所でするがよい。獲物を捨てよ」
 「それよりも、一体、殿下は御無事なのか」
 「なぜそれを訊く」
 「曲者は、殿下のお命を縮め参らせに来たはずじゃでな」
 「いかなる理由で、それを知っている」
「今申したとおりじゃ。拙者は前田玄以どのの隠密であるわ。知らいで役目が勤まるまい。お手前万は、曲者に侵入されたおのれの落度を棚にあげて、曲者を追捕しにきた奉行の隠密を捕えようとしている。あとでわかって吠え面をかくな。さあ、刀は、捨ててやる」
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